弾琴台土城 충주 탄금대토성 (忠州 彈琴臺土城) 36.988401,127.897901 map.konest 棒状鉄斧   map    忠清道map  

충청북도 충주시
忠清北道 忠州市 漆琴洞
Chungcheongbuk-do, Chungju-si, Chilgeum-dong,
ちゅんちょんぷくと ちゅんじゅし ちるぐむどん

4世紀から5世紀初頭の百済の遺跡 - 東南斜面には鍛冶遺跡
忠州彈琴臺土城1 - 2007年度發掘調査報告
東北から流れる南漢江と北流する達川の合流地点
埋め立てられる以前は島だった
土城は公園のあたりで北側に船着場があったのだろう
達川を南に40kmほど遡上したところで合流する双川から鳥嶺を経て
嶺南の洛東江流域と連絡する →  弾琴台土城 
このルートは正始8年の「太守王頎到官」で決着をみせる
魏の対高句麗戦およびその付随の半島戦の結果
魏が手にすることになる金海方面の鉄の利権と関連する
「國出鐵 韓・濊・倭皆從取之
諸市買皆用鐵 如中國用錢 又以供給二郡」
魏は正始8年に不耐濊王叙任をして金海の鉄の輸送を請け負わせた
百済のルーツがここにあることに気付かないほうが不思議ではある
 
2007年の発掘調査で 貯水施設(0.5x0.53x0.6m)1 +住居跡3
貯水施設から鉄鋋 40

鉄鋋40
307x41.3x14.5mm - 1.31kg (平均値)
板状鉄斧が 棒状鉄斧を経て厚さを増し
鉄斧機能と鉄斧形状を失って規格化され
鉄鋋になる




弥生時代後期 板状鉄斧 (福岡比恵遺跡群第125次調査)
 
弥生時代後期 板状鉄斧 (五島列島小値賀島神ノ崎遺跡20号石棺)


原の辻遺跡 棒状鉄斧



淡路五斗長垣内 高地性集落 鍛冶遺跡 弥生時代後期
板状鉄斧 179(L) x 49-30(w) x 13mm(t) x 363.2g


板状鉄斧 泗川 勒島 長さ123mm

 棒状鉄斧 の全長と厚さ

  T型の良洞里162号木槨墓出土の棒状鉄斧は厚さが突出して厚く正方形に近い断面を持つ


棒状鉄斧との比較では弾琴台土城の鉄ていは全長が若干増し300mmを僅かに越え
全幅が40mmを越え幅広化しているが
厚さはさほどではなく棒状鉄斧の厚さの薄いグループの値である






 

忠州 虎岩洞 36.959303,127.916707    丸太木棺      map 

忠清北道 忠州市 虎岩洞(ちゅんちょんぶっと ちゅんじゅし ほあむどん) 628-5
628-5, Hoam-dong, Cheongju, Chungcheongbuk-do | 積石木棺墓1+土壙木棺墓2
1号積石木棺墓   2段墓壙 +丸太木棺 +多鈕細紋鏡1(124φ?)
+細形銅矛3 +細形銅剣7(230-300mm) +銅戈1
+長方形有銎銅斧1 +刀子4 +銅鑿2 +漆器跡 (扇があった痕跡あり)