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遠賀


 

上り立遺跡 (33.815963,130.6969049)虺龍紋鏡 ゴホウラ貝釧 鉄戈   阿那 遠賀宗像 遠賀中間

福岡県中間市 上底井野 上り立
福岡県中間市 垣生町    上り立
(市営野球場周辺にあたる丘陵)
箱式石棺墓11+壺棺墓1 (弥生中期〜後期中頃) (BC1C〜AD3C前半)

#2箱式石棺墓 人骨(熟年男性)+鉄戈(405mm)+ゴホウラ貝釧


四乳(き)虺龍紋鏡 104φ 破片 1974年出土 所蔵・保管者不明 箱式石棺墓

八つ広遺跡 (33.816535,130.697605) gsi wikimapia 虺龍紋鏡   遠賀宗像 遠賀中間

福岡県中間市 垣生 八つ広
(き)虺龍紋鏡 1

 

辻田遺跡 33.796327,130.744909 gsi  戈   あなど  遠賀宗像 遠賀中間

八幡西区茶屋の原
福岡県北九州市八幡西区馬場山 包含地
弥生中期を主体とした集落跡
弥生中期の1号土坑(隅丸長方形)(2.20×1.16×深1.25m)
武器形石製品未製品17点 1976年出土
石剣未製品8+石戈未製品7+大形石片2
石剣 石戈は細粒砂岩製で生産工程のほぼ最終段階の状態
同一土坑内からまとまって出土した例として貴重な資料
 

 

馬場山遺跡 33.796829,130.741028  戈   細形銅矛 夔鳳鏡 あなど 遠賀宗像 遠賀中間

福岡県北九州市八幡西区馬場山
集落 墳墓
弥生中期初〜中期前半 竪穴住居7+貯蔵穴62
中期前半〜弥生後期 土壙墓10+甕棺墓35+箱式石棺21+祭祀遺構27
弥生後期 土壙墓+祭祀遺構+箱式石棺+土坑

#41土壙墓 ●夔鳳鏡 (双頭龍紋鏡) 140φ 破片 1973年発掘
弥生小形仿製鏡 69φ 銘文なし 完形 1973年発掘
弥生小形仿製鏡 連弧紋日光銘鏡系 88φ 銘文なし 完形 1977年発掘
弥生小形仿製鏡 方格規矩鏡 98φ 破片 1977年発掘
+細形銅矛(矛部)1 +石剣(切先)+石庖丁未製品+土器(壺+甕)
  + 磨製石戈 


鞍手


 

汐井掛遺跡 33.749023,130.606949  1970年代航空写真     阿那 遠賀宗像 鞍手

福岡県宮若市上有木高平・宮若市沼口字汐井掛
墳墓-火葬墓+古墳53+(土壙墓+木棺墓+箱式石棺墓+石蓋土壙墓)371
墳墓-弥生V期-庄内式併行期-土壙墓(組合式木棺+箱式石棺墓)+鉄製ヤリガンナ
4号 箱式石棺墓 ●蕨手紋方格規矩渦紋鏡 弥生小形仿製鏡 89φ 銘文なし 破砕鏡
28号 木棺墓 斜縁四乳飛禽鏡 弥生小形仿製鏡 80φ 破片
? ? 内行花紋鏡 弥生小形仿製鏡 73φ
6号 箱式石棺墓 長℃q孫銘内行花紋鏡 160φ
169φ
180φ
破片
203号 土壙墓 長℃q孫銘内行花紋鏡 破片+素環頭刀子+鉄剣+馬具+玉類
175号 木棺墓 長℃q孫銘内行花紋鏡 破片

土壙墓から素環頭刀子+鉄剣+馬具+玉類+舶載内行花文鏡片が
木棺墓から鉄刀+素環頭鉄刀+素環頭鉄刀子+鉄鏃+刀子+鉄?+鉄斧+鉄鋤先+鉄鎌+玉類
+飛禽文鏡片+舶載内行花文鏡片+「長℃q孫」の銘がある舶載内行花文鏡片や玉類
石蓋土壙墓から玉類が出土

(柳沢遺跡 + 根塚墳丘墓) 蕨手飾
 

 

若宮金丸遺跡 (33.735621,130.632502)  銅戈  鞍手

福岡県宮若市金丸 旧 鞍手郡若宮町金丸
銅戈出土地 +中広形銅戈

 

鴨生田遺跡 33.745897,130.706390 戈  

直方市上新入鴨生田池上
有樋式磨製 1 220mm  弥生中期
 



穂波


 

谷頭遺跡 33.670821,130.724087  1970年代航空写真  色別標高図  wikimapia    map 

福岡県飯塚市佐與
●長℃q孫銘蝙蝠座内行花紋鏡 124φ

 

立岩焼ノ正遺跡 33.651788,130.691432 gsi wikimapia  銅戈   穂波

福岡県飯塚市立岩焼ノ正
中細銅戈鋳型

 

立岩堀田遺跡 堀田甕棺群 立岩遺跡10・28・34・35・39号甕棺墓 33.651231,130.693535
                中細形銅矛   ゴホウラ貝釧   鉄戈       △33 阿那 穂波

福岡県飯塚市立岩堀田嘉穂 立岩堀田遺跡 出土品 hiroshima-u
甕棺墓43 内大型甕18
+所謂前漢鏡10(すべて完形) 舶載鏡でないものが混在
10号甕棺王墓 銘帯鏡6 +鉄剣+絹+ヤリガンナ+中細形銅矛+砥石2
28号甕棺墓 重圏文銘帯鏡1+弥生素環頭大刀179mm+ガラス管玉+ガラス玉
34号甕棺墓 連弧紋銘帯鏡1 +鉄戈+ゴホウラ貝釧14
35号甕棺墓 連弧紋銘帯鏡1 +鉄戈+鉄剣+玉類
39号甕棺墓 連弧紋銘帯鏡1 +鉄剣

T U V W X 不明 大型甕
合計
甕棺
合計
弥生前期 弥生中期前半 弥生中期後半 弥生後期〜
伯玄社
Tb
金海
Tc
汲田
Ub
須久
Va
立岩(古)
Vb
立岩(新)
Vc
桜馬場
Wa Wb
三津
Wc
日佐原
X
0 0 0 3 13 0 2 0 0 18 42
(+0) (+9) (+0) (+12) (+3)
0 0 16 2 0

 

山ノ神遺跡 33.632748,130.673948 gsi  穂波

福岡県飯塚市枝国/石ヶ坪 標高30m 丘陵頂 枝国
古墳中期 - 墳長約80m 前方後円墳 葺石不明
神社建設中に石室発見 墳丘は削平 調査は行われていない
竪穴系横口式石室 +円筒埴輪一部列をなす
環状乳神獣鏡 150φ 銘文なし 完形 1935年出土
盤龍鏡 124φ 銘帯「王氏作」 完形 1935年出土 現物なし
+ガラス丸玉17以上+金銅三輪玉1+衝角付冑1+金銅胡禄+籠手+挂甲+鋤先+斧+ヤリガンナ
+f字形鏡板3対+雲珠1+辻金具3+剣菱形杏葉9+ハート形杏葉3+引手金具+木心鉄張輪鐙1

 

忠隈1号墳 33.619255,130.684769 gsi wikimapia     博山炉  △map 阿那 穂波

福岡県飯塚市忠隈段々270-20ほか ただくまこふん 飯塚市文化財
径40m 高5m  円墳  +竪穴式石槨+割竹形木棺 筑豊最古の古墳+割り石葺石+二重口縁壺


三角縁神獣鏡33複波紋帯 215φ +博山炉状節3
銘文なし
同型 忠隈215 御旅山3号218 小見塚213
白山藪218 泉屋博古館蔵
獣形鏡 125φ
+管玉+勾玉+水晶篏玉+金銅四葉座金具


嘉麻



 

谷頭遺跡 33.670821,130.724087  1970年代航空写真  色別標高図  wikimapia    あな  嘉麻

福岡県飯塚市佐與
●長℃q孫銘蝙蝠座内行花紋鏡 124φ

 

綱分遺跡  33.635944,130.732209  銅戈   嘉麻

福岡県飯塚市綱分 綱分八幡宮
中広銅戈3

 

熊野神社境内 33.595764,130.734848 嘉麻

福岡県嘉麻市 旧 嘉穂郡稲築町
箱式石棺 +中細形銅矛 a類

 

漆生箱式石棺  (33.580054,130.719715)    夔鳳鏡  嘉麻

福岡県嘉麻市漆生 旧 嘉穂郡稲築町漆生
古墳(円墳(小型))-箱式石棺
夔鳳鏡

 

五穀神社遺跡  33.56665,130.70005 嘉麻

福岡県嘉麻市飯田・五穀神境内
弥生V期- 箱式石棺+鉄刀剣
●方格規矩鏡 唐草文帯 140.5φ 「□言之紀鏡光□龍居左□虎居右」

 

千手遺跡 千手小学校校庭遺跡  33.526505,130.713358 細形銅剣   嘉麻

福岡県嘉麻市 旧 嘉穂郡嘉穂町
銅剣出土地 +細形銅剣 a類

 

タタラ遺跡  (33.521582,130.744857)   嘉麻

福岡県嘉麻市屏字タタラ
集落-弥生後期後半〜後期末-竪穴住居6
集落-弥生V期-竪穴住居
古墳-竪穴住居
弥生後期末- ●銅鏡(内行花文鏡)
弥生小形仿製鏡(銘文なし 破片47mm 1985年発掘 嘉穂町教委蔵)

 

原田遺跡  33.527895,130.751890  先漢式小銅鐸     夔鳳鏡    嘉麻

福岡県嘉麻市馬見字原田 県道改良工事
弥生前期後半〜前期末-袋状竪穴+円形竪穴住居
弥生中期初〜中期前半-円形竪穴住居+楕円形竪穴住居
弥生後期前半-方形竪穴住居
弥生後期末〜古墳前期-方形竪穴住居
古墳前期-溝/鎌倉-溝
墳墓-弥生前期末〜中期初-土壙墓+木棺墓+小型甕棺墓
墳墓-弥生V期-土壙墓(箱式石棺
夔鳳鏡 110φ 鈕座「長生℃q」 完形 1986年発掘
●内行花文鏡 102φ 四葉座間「君宜高官」 完形 1986年発掘
+先漢式小銅鐸(55mm)(副葬)(裾に斜格子紋)

 

鎌田原弥生墳墓群  33.527421,130.755280  細形銅剣   銅戈   嘉麻

福岡県嘉麻市馬見原田
嘉麻市の馬見山の北側に延びる鎌田丘陵鞍部に位置し
大陸系木槨墓 1 (#6) +木棺墓 7 +土壙墓 1 +甕棺墓 11(大型棺10+小型棺1) の計20基からなる弥生時代中期の墳丘墓
出土品は 青銅製武器 +石製武器 +各種玉類等 質量ともに秀逸かつ豊富
墳墓形成の時期は 弥生中期前半から中期末頃に及ぶ
弥生中期(紀元前1世頃)墳丘墓 (周溝をもった方形プラン) 内にある 木槨墓 木棺墓 甕棺墓等から青銅器 玉 石器等が出土
(台状墓であるかのような表現)
弥生時代の墳墓として 墳丘墓の形をとり その中に木槨墓・木棺墓・土壙墓・甕棺墓と 埋葬形式の違う墓が造られている
細形銅戈等の青銅武器の副葬があり 中心主体が大陸の影響を受けた木槨墓という特殊な棺構造である
(墳丘墓か否かを形から考えているが 墳丘墓か否かは 主体と封土との関係で考えられなければならない)
墳丘墓の封土表面の浅い所や墳丘墓の周囲に追葬がなされたものではないのか
あるいは台状墓の埋葬体の中に木槨主体が混在しているものなのか
埋葬深度が示されていないのがいかにも当国風ではあるが
大陸の影響を受けた木槨墓というからには地山形成の台状墓ではないのだろう
細形銅剣 1 先端のみ
細形銅戈 1
中細形銅戈 a 類 1 木槨墓#6
中細形銅戈 a 類 1 甕棺墓K8 汲田式新段階[須玖T式]の甕棺墓
+ ヒスイ勾玉(大1・小6) +碧玉管玉177点
+石器類8 (磨製石剣+石鏃) 先端や基部が多く完形品は1点のみ
甕棺11 (大10・小1) (汲田 須玖 立岩式) (中期前半から中期末頃)
中細銅戈/細形銅戈 中細銅戈(K8)
 

嘉穂盆地に甕棺墓が導入されたのは弥生中期前半の汲田式からで
穂波川や遠賀川の上流の鎌田原・上穂波・彼岸原地区
甘木・朝倉・二日市地区あたから峠越しに広がってきている

これが立岩や土師地区に広がるのが

中期中頃の須玖式段階で旧頴田から糸田町へ

後半期になると方城町へと線状に延びるが それより東へは浸透していない

また遠賀川中下流域や田川上流部への拡大化もみられない

拡大も一気に広がるのではなく 波紋のように1型式ごとに広がっていく

この地域では中期中頃を境に
墳丘をもつ大型木槨墓や木棺墓が中心的な墓制ではなくなり
甕棺墓がそれに取って代わる
https://blog.goo.ne.jp/yonsensugon2175/1 要約