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三雲井原遺跡群 南小路遺跡 (AD1C後葉) 1970年代の航空写真 StreetView MmikumoMap 細石神社の70m西 【奴國発祥の地】

   半島 海峡 松浦 宗像 筑豊 阿那 糸島 三雲 くしふる 早良 淡海 㚢界 須玖 博多

立岩古式大型甕棺2: 弥生中期後半 以降


石巖里219号墳

石巌里第9号墳
楽浪漢墓の方形墳丘墓の類例
 

南小路1号甕棺墓 33.536671,130.241669 1970年代航空写真     細形銅矛 中細形銅矛  銅戈  有柄中細形銅剣 三雲㚢界 
奴國王墓 (國=國=女國 [なこく] =那=邦)】は【】の異体字
(*委奴國[wi-na]の委[wi]は奴國を修飾する奴國のプロパティ) (帝に向かって北面=委面する奴國王の意) (匈ではない委な奴の首長) (意味上は率俾する俾彌呼の[俾]字と同じ)

福岡県糸島市三雲南小路 
「巨エ白而事君 惌沄之弇明 伋玄而流澤
恐疏而日忘美之 外承可說 永思而毋絕」
弥生中期後半に分類されるAD1C後葉弥生方形墳丘甕棺墓+周溝 方30m程度の墳丘
  高グレードの楽浪漢墓系遺物の副葬が顕著
東アジア世界でも類例の無い30面を超える鏡の大量副葬
その豊富な副葬内容から見て[侯王墓]のくくりの中でも突出したレベルの王墓      ガラス前漢鏡の男王墓
中広形銅矛広形銅矛の副葬はない
(棺内) +前漢鏡31以上 +金銅四葉座金具漢代鎏金柿蔕飾
+細形銅矛+中細形銅矛 +ガラス璧+ガラス句珠+ガラス管玉 (華北産の 鉛バリウムガラス )
(棺外) +有柄中細形銅剣 (515mm) +中細銅戈 +朱入小壺            (銅矛 >銅戈,銅剣)
墳丘形状や墓壙位置は楽浪漢墓の規格に近似する
楚辞に類した清白銘の連弧紋銘帯鏡が圧倒的に多い
漢式鏡の大量副葬が始まるこの時期から銘文様式が同一の鏡群が顕著に出現するため
舶載鏡と安易に断定されがちな高品位前漢鏡の列島産化が疑われている
華北産 鉛バリウムガラス を原料にしてガラス句珠ガラス管玉もローカルで鋳造されている
近似鏡が下関稗田地蔵堂遺跡からも出土している
「多婆那國在倭國東北一千里」『三國史』『三國遺事』 (1,000里 = 76.5km) (多婆那國は後の投馬國, 秦王國)
(別名 阿那,邪馬門,彌彌那,玉那,龍城,正明,琓夏,花廈)(王の名を含達婆といい通い婚で女國王女を妻とする)
map 一大國のバウンダリー (1里400mなにがしのスケールが成立し得ない理由)
map 日本書紀の本文中にも任那の位置に関する短里の記述がある
 
  重圏紋彩画鏡 273φ  
  四乳羽状雷紋鏡(羽状地紋鏡) 193φ 破片  
01764 重圏文銘帯鏡 清白銘 180φ 欠損 巨ク□   事君 惌   驩之弇明 伋玄錫之   澤 疏      日 壊   美之窮    承驩之   說 思窔   靈之京 願   思而毋絕
  内精   質昭   明 光輝象夫日月   心忽揚而願忠 壅塞而不泄
01765 重圏文銘帯鏡 清白銘 160φ 欠損 去ァ清白而事君□惌而沄□・・・・□而 永思□□毋而絕□
  内精而以昭而明 光・・・・・     然壅塞而不泄
01766 重圏文銘帯鏡 清白銘 160φ 欠損 巨エ・・・ ・・明 伋玄   而流澤 恐疎而日       美之       外承      可兌            而毋絕
    忽揚而忠 然壅塞
01757 連弧紋銘帯鏡 清白銘 188φ 破片    明 ・・・流而澤 恐而疎而・ ・・・・
01754 連弧紋銘帯鏡 清白銘 182φ 欠損    清白・ ・・・流澤   ・・・・不
01756 連弧紋銘帯鏡 清白銘 180φ 破片      玄錫而流澤  
01762 連弧紋銘帯鏡 清白銘 180φ 破片
01761 連弧紋銘帯鏡 清白銘 170φ 破片         錫而流澤  
01763 連弧紋銘帯鏡 清白銘 167φ 完形 巨エ白而事君 惌沄   之弇明 伋玄錫而流澤 恐疎   而日 美之 外承      可兌   而毋絕□
01753 連弧紋銘帯鏡 清白銘 164φ 完形 巨エ白而事君 惌沄   之弇明 伋玄   而流澤 恐疏   而日 美之 外承      可說      永思而毋絕
01755 連弧紋銘帯鏡 清白銘 164φ 欠損 清白時事君 惌沄   之弇明 伋玄錫而   澤  
  連弧紋銘帯鏡 164φ 破片  
01758 連弧紋銘帯鏡 清白銘 164φ 破片 白or日
01759 連弧紋銘帯鏡 清白銘 164φ 破片  而玄錫而        
01760 連弧紋銘帯鏡 清白銘 - 破片          而事君   怨而
  連弧紋銘帯鏡 - 破片 4
01768 鏡式不明 清白銘 163φ 破片 而流     
01767 鏡式不明 清白銘 160φ 破片   而疏遠
01769 鏡式不明鏡 - 破片   惌沄   之・・ ・・・之・・・   
  鏡式不明鏡 - 破片 10


※ 1号甕棺墓から発見された異体字銘帯鏡は福岡県立岩遺跡35号甕棺墓発見鏡片と一致,その上,1号甕棺墓から発見された他の異体字銘帯鏡にも紋様,銘文が同一の鏡が伝わる
三雲例のよ うに北部九州で王墓が萌芽する弥生時代中期後半,はじめて舶載鏡が副葬される時期からわが国には紋様,銘文が一致する鏡が存在している
cf.) 南小路K1 重圏文銘帯鏡 (外
180φ 01764
158614
堰   事君 惌   驩之合明 伋玄錫之   澤
 美之
   承驩之    思窔   靈之京 願   思而毋絕
cf.) 立岩K10 #3 重圏文銘帯鏡 (外
154φ 06755 清白而事君 流澤 疏遠而日 美之 外承之可 之靈京 願永思而毋絕
(倣い時に差し替わり) (再度の倣いによる遺伝)
cf.) 稗田地蔵堂 連弧紋銘帯鏡
149φ 149087 巨エ白□□□ □沄□之□□ ・・・澤流 疎而日 懐糜美人 外承驩之可 ・・・・霊京 願永思而毋絕
cf.) 立岩K35 #9 連弧紋銘帯鏡
181φ 06763 屑C白而事君 志沄   之合明 伋玄錫而流澤 疎而日    而美人
外承  可兌
  而永思而毋絕
(倣い時に差し替わり) (再度の倣いによる遺伝)
cf.) 石寨山遺跡 重圏文銘帯鏡 (外
162φ 00718 清白而事君 流澤 恐疏遠而日 懷糜美之窮 外承驩之可 慕窈窕于靈景 願永思而毋絕
cf.) 立岩K10 #2 重圏文銘帯鏡 (外
178φ 01883 屑鉛虫ァ事君 惌而沄之弇明 伋玄錫之澤流 恐疏遠而日 懐糜美之窮 外承驩之可兌 思窔佻之令京 願永思而毋絕
cf.) 二塚山K15 連弧紋銘帯鏡
159φ 01946 屑C白而事君 宛法   之翕明 仍玄錫之流澤 恐疎   而日志 美之 外承 而毋絕
cf.) 東小田峯K10 連弧紋銘帯鏡
172φ 06766 屑C白而事君 志沄□之合明 玄□錫流澤 恐疎   而日忘 美之以窮 可兮 亰靈 永思□而
 :
後漢鏡の雲雷紋帯内行花紋鏡に継承され長期的に使用される高品位特殊聖なるマーク … 昇る日と鳥でしょうか
ガラス璧 (華北産の 鉛バリウムガラス ) 金銅四葉座金具漢代鎏金柿蔕飾)は北極星を象徴する蓮の花弁で
内行花紋鏡の「四葉紋」は「四弁花紋」と言い直すべきだそうだ
164φの場合も鈕座の十二連珠紋は柿蒂紋上に各3ヶずつ配置され
これは並蒂十二連珠紋鈕座と称されている模様ではあるが
各珠紋はそれぞれが12の各方位を意味するものだろう

  清白銘鏡 女性墓には副葬されていないか?
--中・下級漢人墓とされている焼溝漢墓や西郊漢墓からの出土は僅か3面で侯王墓からの出土が大部分らしい--

石寨山遺跡 木棺墓 雲南昆明市滇池 連弧紋銘帯鏡 (150φ) 1958出土鏡 重圏文銘帯鏡 (162φ) 1956出土鏡 (BC278-AD115)
三雲南小路遺跡 1号甕棺墓 福岡糸島市三雲 連弧紋銘帯鏡13以上 (160φ-188φ) 重圏文銘帯鏡3 (160φ,160φ,180φ) AD1C
稗田地蔵堂遺跡 箱式石棺墓 山口下関市稗田 連弧紋銘帯鏡 (149φ)   AD1C
二塚山遺跡 15号甕棺墓 佐賀神埼吉野ヶ里 連弧紋銘帯鏡 (159φ)   AD1C-2C
東小田峯遺跡 10号甕棺墓 福岡朝倉郡筑前町 連弧紋銘帯鏡 (172φ)   AD1C-2C
立岩堀田遺跡 10号甕棺墓 福岡飯塚市 連弧紋銘帯鏡 (180φ) 重圏文銘帯鏡 (154φ,178φ) AD1C-2C
35号甕棺墓 連弧紋銘帯鏡 (181φ)
須玖岡本遺跡 D地点甕棺墓
福岡春日市 連弧紋銘帯鏡1以上 重圏文銘帯鏡5 (167φ)(167φ)(173φ) AD2C後半
猫塚古墳 竪穴式石槨墓
香川高松市鶴市町 連弧紋銘帯鏡 (165φ) AD4C-

井原鑓溝からの出土でしょうか
 


南小路2号甕棺墓 33.536709,130.241638 gsi wkimapia

(棺内) 前漢鏡22以上 +碧玉(ヒスイ)句珠
+ガラス璧片ペンダント+ガラス句珠+ガラス管玉
(華北産の 鉛バリウムガラス )



 
ガラス製品はPb分析から【華北産の 鉛バリウムガラス 】であることが判明している (前漢鏡主要分布域)
 
01774 重圏文銘帯鏡 114φ 破片 ・・・月・・・
  連弧縁星雲鏡 74φ 欠損 銘文なし
01770 連弧紋銘帯鏡昭明銘83φ 欠損 内而清而以而昭而明光而
01771 連弧紋銘帯鏡昭明銘83φ 欠損 ・・而清・・・
01772 連弧紋銘帯鏡昭明銘80φ 欠損 ・・・昭而明光而
01773 連弧紋銘帯鏡昭明銘62φ 破片 内而・・・夫・・・
  連弧紋銘帯鏡 75φ 破片  
01778 連弧紋銘帯鏡日光銘74φ 破片    下大
01777 連弧紋銘帯鏡日光銘72φ 欠損 之光 天下
01776 連弧紋銘帯鏡日光銘65φ 之光 天下大明
01779 連弧紋銘帯鏡日光銘65φ 欠損    下大
01780 連弧紋銘帯鏡日光銘65φ 欠損 見日之  
01781 連弧紋銘帯鏡日光銘64φ 破片        
01775 連弧紋銘帯鏡日光銘64φ 見日之光 天下大明        
01782 単圏文銘帯鏡日光銘65φ 破片 見   之光
01783 単圏文銘帯鏡日光銘65φ 破片 見・・・
  重圏紋日光銘鏡系82φ 破片 昭明銘鏡?
  重圏紋日光銘鏡系76φ 破片  
  重圏紋日光銘鏡系70φ 破片  
  重圏紋日光銘鏡系70φ 破片  
  重圏紋日光銘鏡系65φ 破片  
  重圏紋日光銘鏡系60φ 破片  
 
星雲鏡
出土地
茶戸里1号墓 --φ 慶尚南道義昌郡
密陽校洞遺跡 98.5φ 慶尚南道密陽市
三雲南小路遺跡 74φ 福岡県糸島市
吉武樋渡#62甕棺墓 83φ 福岡市西区
二日市峰畑遺跡 103φ 福岡県筑紫野市
須玖岡本遺跡 165φ 福岡県春日市
156φ
156φ
156φ
破片
御殿山古墳 123φ 群馬県前橋市
 
  新井宏.db | 鉛同位体比| 検索 "南小路"|
K1 漢2
重圏紋彩画鏡
#01 273φ 18.240, 0.8554, 2.1326, 15.602
四乳羽状雷紋鏡
#02 193φ 17.843, 0.8731, 2.1603, 15.579
漢3
連弧紋清白銘鏡
#03 - 18.554, 0.8442, 2.1153, 15.663
連弧紋清白銘鏡
#04 - 18.118, 0.8614, 2.1438, 15.607
連弧紋清白銘鏡
#05 - 17.832, 0.8735, 2.1617, 15.576
連弧紋清白銘鏡
#06 - 17.893, 0.8702, 2.1593, 15.570
連弧紋清白銘鏡
#07 - 17.921, 0.8692, 2.1561, 15.577
連弧紋清白銘鏡
#08 - 17.800, 0.8746, 2.1659, 15.568
重圏文清白銘鏡
#19 - 17.755, 0.8756, 2.1642, 15.546
重圏文清白銘鏡
#21 - 17.839, 0.8724, 2.1627, 15.563
K2 漢3
連弧紋星雲鏡
#01 74φ 17.693, 0.8788, 2.1717, 15.549
連弧紋昭明銘鏡
#02 - 18.091, 0.8629, 2.1453, 15.611
連弧紋日光銘鏡
#09 - 17.684, 0.8792, 2.1731, 15.548


cf.) 荒神谷遺跡 鉛同位体比


 

三雲上覚439番地 33.536300,130.241476 鉄矛   三雲  

福岡県糸島市三雲上覚439
遺構面は 調査区西端で 表土直下20p下で確認し 調査区東端では ほ場整備で嵩上げされた関係で 表土から1.2m程度下で確認された
@弥生時代中期〜後期の溝2条
A古墳時代初頭の箱式石棺墓6基 甕棺墓3基 祭祀土坑2基
B古墳時代中期の竪穴式住居34軒
C中世の土壙墓4基 井戸1基 水路 土坑 ピットなど

@は三雲南小路遺跡と同時期の遺構
三雲・井原遺跡\ 本文59 2号溝 (調査区北東側) 墳丘墓の周溝か - 鉄矛(271mm)が出土 (表土から1.2m程度下が遺構面)


 
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三雲井原遺跡群 井原鑓溝遺跡 (#9井原鑓溝王墓) 33.535118,130.242722 gsi wkimapia  細石神社の140m南 view    銅戈    三雲  遺跡map 

福岡県前原市三雲鎚溝 1,2,4,7号木棺墓 2世紀から3世紀の遺跡 (甕棺様式では後期前半) 
9号甕棺墓 ガラス小玉(2004発掘)+ (江戸時代以前出土) 方格規矩鏡 21面 +刀剣類+鎧板
01790 鋸歯紋縁 方格規矩四神鏡 141φ 破片 銘帯「飲澧泉駕」
  鋸歯紋縁 方格規矩四神鏡 141φ 破片 銘帯「飲澧泉駕」
  鋸歯紋縁 方格規矩四神鏡 140φ 破片  
01788 鋸歯紋縁 方格規矩四神鏡 132φ 欠損 銘帯「尚方作竟眞大巧 不知老渇飲玉泉
01791 獣紋縁 (* 方格規矩四神鏡 141φ 破片 銘帯「王知日月光湧 有善銅出日・・・明左
01785 流雲紋縁 方格規矩四神鏡 170φ 破片 銘帯判読不能
01786 流雲紋縁 方格規矩四神鏡 156φ 破片 銘帯「新有善銅出丹陽 和以銀錫〓且明…」
01789 流雲紋縁 方格規矩四神鏡 141φ 欠損 銘帯「黍言之紀鏡造 蒼龍居左白乕居右 孫子
01787 S字華紋縁 方格規矩四神鏡 142φ 破片 銘帯「・・・」
  忍冬華紋縁 方格規矩四神鏡 141φ 破片 銘文あり
  菱形紋縁 方格規矩四神鏡 138φ 破片  
  草葉紋縁 方格規矩四神鏡 138φ 欠損 銘文なし
01792 草葉紋縁 方格規矩四神鏡 138φ 欠損 銘帯「玉央飲澧泉・・・・・・保子孫」
  草葉紋縁 方格規矩四神鏡 138φ 破片 銘文あり
  草葉紋縁 方格規矩四神鏡 138φ 破片 銘文あり
  草葉紋縁 方格規矩四神鏡 132φ 破片 銘文あり
    方格規矩四神鏡 132φ 欠損  
    方格規矩四神鏡 132φ 破片  
    方格規矩四神鏡 128φ 破片  
    方格規矩四神鏡 128φ 破片  
ナンバーは林裕己 鏡銘集成

(1766-1835)
本草学者の如く観察対象を精密にスケッチして残してくれた
「怡土郡井原村鑓溝側所穿出之古鏡之図」
| 井原鑓溝遺跡(PDF:2.4MB)| ヤリミゾ地区発掘調査成果(PDF:2.39MB)|
+綾杉紋状稜線 八脚 段状 弥生巴形銅器(150φ前後)3
那珂遺跡群(博多区竹下5丁目)出土鋳型との近似性
●青柳種信は綾杉紋状の稜線が刻まれた鈕のある面を表側と理解
●対馬のソウダイ遺跡六脚55φのからだいぶ成長している
●物と一緒に対馬から人も移動とか竜宮城のお土産とかでしょうか
●対馬の豊玉町あたりのがご先祖の地ということなのでしょうか
●鈕があり150φ前後もあってぴかぴか輝くとしたら用途は鏡と似たものでしょうか
綾杉紋の
御先祖?

01791 獣紋縁 (* 方格規矩四神鏡 141φ 破片 銘帯「王知日月光湧 有善銅出日・・・明左
かっては「漢有善・・・・・明左」と読みなされていたが
の文字は「漢」の文字に非ずとのクレームがついた
文章構成の倭臭くささからして
列島で銘を仕立てて鋳あげたものだとの理解をせざるを得ないところ

「漢有善同」と読みなされた前提として
流雲紋縁 方格規矩四神鏡 156φ 破片 銘帯「新有善銅出丹陽 和以銀錫〓且明…」
01786 (脳内で新有善銅にして)「[新][有][善][銅] ・・・・・・・・・・・・・・・[朱][省]玄武 陰陽」
新有善銅」の「」を王莽王朝名と看做して「王莽鏡」の設定普及企画をしたのが梅原氏
あまりにも有名な王莽期の紀年の知られる大径の方格規矩鏡はなにやら相当怪しい
 
井原鑓溝遺跡(PDF:2.4MB)| ヤリミゾ地区発掘調査成果(PDF:2.39MB)|
近年再調査が行われつつある

井原鑓溝遺跡 (#6木棺墓)  

6号木棺墓 鋸歯紋縁 方格規矩鏡 186φ 破鏡 四葉鈕座 十二支 → cf. 須玖松添 158φ
曰く 十二支の「巳」が漢字表現されるなど新しい様相が含まれているため
中国で紀元1世紀中頃に製作された後
列島に持ち込まれ副葬されたのは弥生時代後期中葉〜後葉頃と考えられる




 

王根墓 石巖里219号墳 38.966717,125.717981 wikimapia    半島MapMenu

平安南道 大同郡大同面 石巖里(小石巖洞地区)
1942発掘 木槨+二重棺+中間隔壁 紀元前後
王根墓調査報告pdf(出土品リスト pp.10-19)   
筆者榧本氏 旧朝鮮総督府博物館員 略報告書
八一五後韓國退去 未発表王根墓対記録
國立博物館当局 要請
依当時事情上 図面写真添付 譯載本文写真二枚
本館所藏 当時出土遺物中 編輯者選択
後日事情許本報告書出版如意
梅原画像データベース 石巖里楽浪墓リスト
+龜鈕銀印「王根信印」(西棺)+銅印「國野之印」(東棺)
出土品リストに
212号墳でも出土した 「大王」銘の漆片というのもある
 
貞栢洞 1号墳 夫租薉君墓 前後武帝以降(BC1C)
石巖里219号墳王根墓紀元前後
貞柏里127号墳王光墓後漢        (AD1C後葉-2C初)
土城里土城里土城 
石巖里212号墳大王墓後漢        (AD2C-3C)
五菊里安岳3号墳佟壽墓4世紀後半
金銅四葉座金具
漢代鎏金柿蔕飾
柿蒂,柿蔕,
柿のへた

帝権を象徴する
蓮の花弁ですと
博山炉 博山炉の
形成過程における
北方香炉の誕生と
西域香炉との
融合.pdf
 蓋弓帽   
弩機  
楽浪郡と三韓の交易システムの形成pdf
205mmという大型に成長した漢代鎏金柿蔕飾 木棺装飾金具 梧野理19号墳出土



 

三雲 寺口 築山  三雲  遺跡map   怡土志摩  

 
前方後円墳と決めてかかって調査したのか?
径40mの円形墓で頂面が方形であることが読み取られる
楽浪漢墓の例からすると
内部主体は深いところにある可能性が高い
石巖里219号墳 王根墓


 

三雲端山遺跡 みくもはやま 端山古墳/三雲遺跡端山古墳   三雲

福岡県前原市大字三雲字塚廻り <立地>沖積微高地 標高36m 微高地端からの比高2m
1974年・1975年 県教委が範囲確認調査
古墳(前方後円墳)
後円部3段 方位N約7度W 造出なし 周濠あり
墳長77.5m 後円径推定42m・高7m・頂径10m 前方幅推定23m・長推定36m くびれ幅18m 葺石あり 前方部削平
周濠 - 土師器+銅鏡(小型倭製鏡1)
弥生小形仿製鏡 連弧紋鏡 81φ 銘文なし 欠損8.1cm 1974年発掘 福岡県教委蔵 周濠内に混入


 

三雲イフ遺跡  三雲

福岡県前原市
柳田康雄・小池史哲編「三雲遺跡III」福岡県文化財調査報告63(1982)
内行花紋鏡 破片 三雲遺跡イフT-3 0.8488, 2.1021
鏡の銅材は漢6期・7期の領域にある
所謂【魏晋鏡】であるから蝙蝠座の可能性もある
:  弥生後期後半  (3C後半以降)


 

三雲遺跡 寺口地区 / 三雲寺口遺跡2号石棺墓 33.538250,130.246186 1970年代の航空写真 mikumo~map wikimapia  三雲  

福岡県前原市三雲寺口
福岡県前原市大字三雲字寺口U−17
祭祀-石棺墓

2号箱式石棺墓
 庄内T式(庄内古式)期 
 弥生庄内式併行期 
:  弥生後期後半  (3C後半以降)
 
●長℃q孫銘蝙蝠座内行花紋鏡 155φ 欠損 1978年発掘
0.8515, 2.1088 鏡の銅材は漢6期・7期の領域にある
+鉄鏃1+碧玉管玉1
三雲寺口地区からはこのほか +板付T式甕棺墓1(弥生前期 BC3C-BC2C)  
 


 

三雲遺跡 番上地区 33.541083,130.243119 gsi mikumo~map wikimapia  楽浪土器出土地        三雲  怡土志摩  

福岡県前原市三雲番上 三雲井原遺跡番上地区330番地
●鏡 破片 1977年発掘 県教委蔵 混入
1978年 楽浪土器27 /88u土器だまり
2015年 楽浪土器15 /17u土器だまり
鉢・筒杯・器台・壺(27+15)点
楽浪土器 : ろくろ使用・叩きによる縄蓆紋・型造り・灰色・泥質土器・滑石混和胎土
BC2C末頃から・還元炎焼成の瓦質土器
四郡設置以降 漢の灰陶の陶質技術が伝わり 地元の土器に影響を与えたとされている
在地的土器製作伝統上にあるとも 燕式釜などの燕系技術の影響下に成立したともいわれる
さらに 灰陶広口短頸壺に関しては 山東地方からの交易品がベースだとの報告もある
 
   楽浪土器の成立と拡散(pdf) | 勒島貿易と原の辻貿易 |      出土地一覧
対馬・壱岐・糸島・福岡などの玄界灘沿岸の交易ルート沿いの臨海域の砂丘上に主に分布
三雲・井原遺跡の周辺では 深江井牟田遺跡御床松原遺跡今宿五郎江遺跡今宿大塚遺跡
三雲地区での出土は臨海域にあたらない出土例で 吉武遺跡・東入部遺跡と共に例外的といえる
しかも特定個所での集中的出土はめずらしいのだが
三雲地区では弥生中期後半(AD1C)〜後期(2C以降)にかけて継続的に出土する
※流動性の高い海の民の砂丘上の遺跡である3世紀の西新ではすでに出土はなく
楽浪土器の出土はAD200年前後には終了するものかとみうけられる
楽浪漢墓系遺物の副葬品で溢れかえる南小路甕棺墓:[侯王墓]の存在は
この三雲地区が倭國の中心域にあったことをそれ自体が雄弁に物語るものである
1世紀に発生した三雲地区の王権は 郡を介した前漢との外交による後ろ盾を背景にして
海の民との共同体制下に交易および金属加工技術を独占下に置き
糸島・福岡圏を奴國(㚢國・女國・那國・那加・那珂)として血縁でひとつに纏め上げ
血を媒介にして九州北半の女王界を形成した
*) 楽浪系渡来人 : 「名楽浪人 東方人楽浪人其殘餘人
海の民の総元締めの首長とみたい (例えば記紀でいう「大穴牟遲~」)
 
  原の辻遺跡 楽浪土器 
  縄蓆紋土器 広口短頚壺 
平壌上里遺跡
 
 
植木鉢形土器
花盆形土器
楽浪土器
 平壌上里遺跡

南井里第116号墳 彩筺塚 出土 硯と漆塗り硯台



楽浪土器 出土地一覧
           硯 出土地一覧



三雲番上遺跡 (三雲井原遺跡群)
硯破片
54 x 39 x 5mm + 60 x 43 x 6mm

三雲番上遺跡 (三雲井原遺跡群) 硯破片(表側)
弥生時代後期 (AD2C〜)
60 x 43 x 6mm


※ 泊遺跡群 泊熊野遺跡 大量の水銀朱を副葬した後期後半の甕棺墓


 
 三雲 怡土志摩  

三雲地区における武器形の青銅器鋳型は表採で
広形銅矛鋳型   片2    (井ノ川+川端)
広形銅戈鋳型 1   (屋敷田)
屋敷地区が工房域と推定され調査が行なわれている

三雲井ノ川遺跡 いのかわ 33.539107,130.240148  1970年代航空写真  色別標高図  wikimapia   広形銅矛  広形銅矛鋳型  

福岡県前原市大字三雲681-2〜531-1のうち三雲529・529-1 広形銅矛鋳型  弥生後期前半 
福岡県前原市大字三雲529
県年報2001(弥生-弥生土器) 県道拡幅・三雲公民館建て替え 県年報2001-2003.3

三雲川端遺跡 川端遺跡 33.541466,130.239380  1970年代航空写真  色別標高図  wikimapia   広形銅矛  広形銅矛鋳型  

福岡県前原市三雲川端
包含地+広形銅矛鋳型2  弥生後期前半 

三雲屋敷田遺跡  銅戈  

広形銅戈鋳型 1 1899頃出土  弥生後期前半 
 
広形銅矛鋳型 (溶範)     遺跡名
柏崎大深田 唐津市柏崎   


三雲井ノ川 糸島市三雲
三雲川端 糸島市三雲
飯倉D 福岡市城南区 
板付群 福岡市博多区
五十川妙楽寺  福岡市南区
井尻熊野権現 福岡市南区
赤井手 春日市小倉
熊野神社所蔵 春日市岡本
津古東台遺跡 福岡県小郡

 

唐泊遺跡 (海底) 33.652459,130.235667 1970年代航空写真 色別標高図 wikimapia    広形銅矛   怡土志摩   㚢界 

福岡県福岡市宮浦 1962年 唐泊北沖で底引網で引揚げられた広形銅矛

 

三雲・井原遺跡 470-2番地 33.537284,130.240898 gsi wikimapia 三雲

福岡県前原市大字三雲470-2
弥生〜古墳 - 竪穴住居+土壙墓+土坑+柱穴
+弥生土器+古式土師器+碧玉管玉+銅鋲状製品(銅釦) 青銅飾鋲
+陶磁器

 

三雲茶臼塚古墳 33.540583,130.245793 1970年代航空写真 wikimapia  三雲  遺跡map 

福岡県前原市大字三雲字サキゾノ
標高37m 沖積微高地 微高地端からの比高2m
古墳(前方後円墳) 方位N 葺石不明 墳丘削平
埴輪未確認 古墳の所在推定地から鉄矛鉄刀が出土








三雲地区の支石墓

 

三雲加賀石支石墓 33.543608,130.244365 1970年代航空写真 支石墓   mikumo~map wikimapia  三雲

  三雲加賀石支石墓
三社神社(33.546820,130.238990) (wikimapia) の東南600mのところ

福岡県糸島市三雲加賀石
三社神社の東南約600m
上石 2.0×1.5m以上×厚さ約0.45m
土壙支石墓
+柳葉形磨製石鏃6
+板付T式甕棺墓9 (弥生前期 BC3C-BC2C)
 


 

井田用会支石墓 (いた・ようえ) 33.550301,130.238968 1970年代航空写真 wikimapia 支石墓   三雲  遺跡map 

糸島市井田用会 井田用会支石墓三社神社 の北400mの水田から
 上石 : 3.55×3.02×厚0.37m w=5t超過 主体 : 石室(石槨)状の構造か +碧玉管玉22 +磨製石鏃1 弥生早期〜前期 (BC5C-BC2C)
隣接する石棺墓から +磨製石鏃2


 

井田御子守支石墓 (いた・おごもり) 33.546967,130.241837 1970年代航空写真 支石墓   mikumo~map wikimapia 三雲

  福岡県糸島市井田用会御子守
井田御子守支石墓
三社神社 から東へ約300mの集落の中
上石 2.4×2.4m×厚さ1.0m
 

曽根遺跡群 三雲石ヶ崎支石墓 33.543434,130.232849 1970年代航空写真 wikimapia 支石墓   三雲  遺跡map  怡土志摩   㚢界 

石ヶ崎支石墓 平原女王墓のある曽根丘陵の先端 標高30m 福岡県糸島市三雲字石ヶ崎

埋葬主体が組合式木棺支石墓1 +碧玉管玉12
+甕棺墓23+土壙墓3


※いくつかの系統差をもって支石墓は列島に伝播されたものと考えたい
※三雲石ヶ崎支石墓碧玉管玉は大型品のみで構成され
   朝鮮半島西南部の麗水半島の禾長洞遺跡・平呂洞遺跡などの様相に類似している
※朝鮮半島で墓壙の深さによる地域性があることを考慮し
   三雲石ヶ崎支石墓の埋葬施設の深さが浅い点なども含めると
   洛東流域南部の支石墓とは差異があり,
   管玉の様相と同様に麗水半島か より西の地域との関係が考えられる
※大型の管玉は朝鮮半島でも階層の高い墓に入る傾向が認められるので
   この事例は階層構造を保った状態での移住を示唆している可能性もある
※多くの日本の支石墓上石が1m程であるのに対し
   石ヶ崎支石墓上石の規模は 2m程の大きさをもっている
   その点においても階層が高い可能性を示す
   
麗川禾長洞支石墓 34.778082,127.641502
全羅南道 麗水市 禾長洞
Hwajang-dong, Yeosu, Jeollanam-do

麗川平呂洞支石墓 34.806642,127.682057
全羅南道 麗水市 平呂洞 山本町
よすし ぴょんよどん
Pyeongyeo-dong, Yeosu, Jeollanam-do

多差津 多沙津 滞沙津 帯沙江 ?
      
支石墓の埋葬主体の分類 (小改) 西北九州支石墓の一考察.pdf
    1. 箱式石棺
    2. 土壙(直葬)
    3. 甕棺
    4. 石槨(石室)石槨組合式木棺(→石ヶ崎)
    5. 配石土壙
    *. 支石の無い支石墓 (碁盤型支石墓と混在する例あり)(埋葬主体は箱式石棺など)

       ドルメンの形態
1. 卓子型 ドルメン
2. 碁盤型 ドルメン 
3. 蓋石型 支石墓
4. 囲石型 支石墓

   半島MapMenu
三雲加賀石 土壙支石墓 上石 2.0  ×1.5以上×厚さ0.45m
井田用会 ? 石槨支石墓 上石 3.55×3.02     ×厚さ0.37m
井田御子守 碁盤型支石墓 上石 2.4  ×2.4       ×厚さ1.0m
三雲石ヶ崎 組合式木棺石槨支石墓 上石 3.0m程
吉武高木 M3木棺墓 石蓋, 標石土壙木棺墓 上石 1.7  ×0.8       ×厚さ0.5m
須玖岡本D地点王墓 石蓋, 標石土壙甕棺墓 上石 3.3  ×1.8       ×厚さ0.3m



その他 怡土郡の支石墓など

 

石崎曲り田遺跡 33.518814,130.161469 gsi    支石墓    二丈一貴山   怡土志摩  

福岡県糸島市二丈石崎 石崎曲り田遺跡+青銅器鋳型

出土した板状鉄斧 (鋳造鉄製品)
曲り田遺跡で見つかった鍛造の板状鉄斧は列島最古の鉄器とされてきた
弥生時代最古の土器である夜臼I式段階に属する第16号住居の床面近くからの出土と報告され(BC4C頃)
弥生早・前期の鉄器といわれてきたが
出土状況を示す図面や写真が公開されていないことから弥生早期に比定する証拠が弱いことが明らかにされている
「鍛造の板状鉄斧」とされてきたものは本来は「可鍛鋳鉄の鋳造鉄製品」と呼ばれるのがより正確な表現である (藤尾)
板状鉄斧の出現は嶺南では瓦質土器と同期しBC1Cのことだと考えられる
これらはいずれも漢系の技術で楽浪経由で極東に齎されたものである

 

長野宮ノ前支石墓 33.507668,130.194656 gsi  遺跡map  支石墓    怡土志摩  

福岡県糸島市川付 長野宮ノ前支石墓 300m西の宇美八幡宮参道に移築・展示



 

石崎地区遺跡群 大坪遺跡 33.516666,130.165833    二丈一貴山 

  福岡県糸島郡二丈町石崎字小路
福岡県糸島市二丈石崎 / 県営一貴山地区圃場整備
石崎地区遺跡群大坪遺跡 T(1995)

集落 - 墓 / 縄文 - 弥生
住居跡 +甕棺墓 +甕棺 +磨製石器 +打製石器 +扉板
縄文時代晩期〜弥生時代中期の遺物が出土
甕棺墓の底板は最古の資料である
甕棺墓K05 幼児用甕棺 板付II (古)式 (橋口) +碧玉管玉15
甕棺墓K13 KIa式甕棺 板付II (古)式 (橋口) +硬玉句珠 1 +硬玉丸玉 1
+底板(160x67cm)
※ 板付II (古)式 (橋口) KIa式 は 伯玄社(古)式 (藤尾) KIa式 に対応 **

句珠は未だ定形化されていない

 

石崎小路遺跡 (33.516666,130.165833)

福岡県糸島郡二丈町石崎字小路
円環 銅釧 1 副葬 甕棺墓 石崎曲り田付近  弥生中期 



 

深江井牟田遺跡 33.515000,130.142222  楽浪土器出土地     怡土志摩  

福岡県糸島郡二丈町大字深江字井牟田



弥生前期 弥生中期前半 弥生中期後半
刻目突帯文 板付T 伯玄社 金海 城ノ越 汲田 須久 立岩(古)
38 新町 4 1 1 3 1 - - -
40 石崎曲り田 - - 22 - - - - -
43 志登 1 1 1 - - - 5 -
50 三雲寺口 - 1 - - - 1 - -
51 三雲加賀石 - 9 - - - - - -
52 三雲石橋 - - 8 - - - - -
56 三雲仲田 - 2 7 - - - - -


三雲・井原遺跡/堺地区 福岡県糸島市三雲253(南小路)
三雲・井原遺跡/三雲ヤリミゾ地区 福岡県糸島市三雲435(鑓溝)
三雲・井原遺跡 435番地
三雲・井原遺跡 436番地 福岡県糸島市三雲436(鑓溝)
三雲・井原遺跡/三雲ヤリミゾ地区436番地
三雲・井原遺跡/三雲ヤリミゾ地区441番地 福岡県糸島市三雲441(鑓溝)
三雲・井原遺跡 455番地 福岡県糸島市三雲455(南小路)
三雲・井原遺跡/南小路地区455番地
三雲・井原遺跡 456-1・458-1番地 福岡県糸島市三雲456-1/458-1
三雲・井原遺跡 469番地 福岡県糸島市三雲469
三雲・井原遺跡 470-2番地 福岡県糸島市三雲470-2
三雲・井原遺跡 1264番地(市道) 福岡県糸島市三雲1264(南小路)
三雲・井原遺跡/南小路地区1264番地
三雲・井原遺跡 1265番地 福岡県糸島市三雲1265
三雲八龍遺跡 堺地区から東に約80m 三雲環濠
南限の大溝
三雲堺地区 八龍地区から西に約80m