淡海(あふみ)

早良平野北部の汽水湖を復元可視化してみるテスト 主として標高3m未満の土地 | gsi 原図 | 早良平野の遺跡 | 高木 | 大石 | 樋渡 |
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3世紀・4世紀の倭國王は本貫が筑紫に限定されていたわけではない

 
景行 日子 淤斯呂和氣 纏向之日代宮
倭建命 小碓命
仲哀 中日子 穴門之豐浦宮 及 筑紫 訶志比宮




早良郡7郷

 
律令制下の筑前国 早良郡
毘伊郷 能解郷 早良郷
額田郷 平群郷 田部郷 曽我郷
 

  律令制下【早良郡】は七郷構成で
【奴國@三國志】二萬戸の領域の西部
1. 毘伊(ひい) 城南区 樋井+鳥飼(→鵜葺) 樋井川水系
2. 能解(のけ) 早良区 野芥 稲塚川水系
3. 早良(さわら) 早良区 祖原(そはら)(そばる)麁原 藤崎西新臨海地区
4. 額田(ぬかだ) 西区 野方(のかた)(なかた)+戸切+羽根戸 十郎川・名柄川水系
5. 平群(へぐり) 西区 飯盛+吉武+都地+金武 日向川水系
6. 田部(たべ) 早良区 小田部+有田++賀茂(かも) 金屑川水系
7. 曽我 早良区 早良? ?室見川水系上流域
 
壹與の時代の【女王國@三國志】は【平群郷@律令制下】の「都地」に位置し
【奴國@三國志】二萬戸内に含まれ
倭女王壹與は
七萬戸の【邪馬壹@三國志】=【邪馬】+【壹】の2つのバウンダリーを統(都)ぶ
「邪馬壹國女王之所都」=「都地」で
当時早良平野一帯は【一大】の拡張域の意味で【伊支】[yi-qi]と称された
五萬戸の【投馬國@三國志】は入り婿としての「倭國王」の本貫で「阿那」「邪馬門」とも呼ばれた

●この領域の墓制は
  1. 弥生前期から甕棺墓 (楚系)
  2. 弥生中期初頭に金海式甕棺の登場 それと並行して木棺墓が登場(吉武高木) 準王末裔の韓氏だろう
  3. 臨海地域には箱式石棺墓(越系海人)が分布 

支石墓
(越系)
定型化して 箱式石棺墓 松浦・筑豊・豊前・長門を席巻(越系海人)
下部構造が複雑化して 竪穴式石槨墓
大きな石を使わずに 積石塚
土壙墓(在来)との組み合わせで 配石墓 石蓋土壙墓 標石土壙墓
甕棺墓(楚系)との組み合わせで  甕棺支石墓  石蓋甕棺墓  標石甕棺墓
木棺墓(準孫)との組み合わせで 木棺支石墓 標石木棺墓

十郎川水系

十郎川水系

名柄川水系

名柄川水系

室見川水系 もろみ川

室見川水系

樋井川水系

樋井川水系
 
岳山 岳山村 愛宕 33.586166,130.335358 伊邪那岐大~者坐 淡海之多賀也
飯盛山 (382.4m) 33.536883,130.298525
くしふる (419.4m) 33.540607,130.287125 高地山 高地尾リッジのピーク
竺紫日向之高千穗之久士布流多氣
高祖山 (416.0m) 33.548251,130.268624
日向峠  (241.4m) 33.530120,130.288466