早良平野の遺跡

 半島 海峡 松浦 宗像 筑豊 阿那 糸島 三雲 くしふる 早良 淡海 㚢界 須玖 博多  


主として標高3m未満の土地を塗りつぶして 早良平野北部の汽水湖を復元可視化してみるテスト
| 高木 | 大石 | 樋渡 |

 

姪浜遺跡 姪浜新町遺跡 33.588760,130.327326  早良  淡海  淡原

福岡県福岡市西区姪の浜3丁目
16890_1_下山門遺跡.pdf (付 姪浜新町遺跡調査報告) 1973.03.31 pp.207-218
17862_1_姪浜遺跡2.pdf (第3次) 調査報告 1996.03.29
20573_1_姪浜遺跡3.pdf (第4次) 調査報告 2009.03.31
  三角鏃

漢式三角鏃(三稜鏃)

 弥生中期後半 
三翼鏃とともに
弩との組み合わせになる鏃
漢による流通規制から
楽浪漢墓系遺物の中でも
グレードの高いものとされる

o 早良区梅林クエゾノ遺跡
o 安徳台遺跡18号住居跡
o 今川遺跡
o 壱岐原の辻遺跡
沖縄の
o うるま市宇堅貝塚
o 読谷村浜屋原貝塚
o 八重瀬町新里洞穴遺跡
などの出土例がある

67, 68, 69, 70, 71, 72, 73

+ゴホウラ貝玉 +オオツタノハ貝釧未製品 +猪骨製釣針  弥生中期後半 

+石包丁 +石剣未成品
+鋳造鉄斧 (鋳鉄表層を脱炭処理)  弥生中期後半 

 

生の松原遺跡 33.579439,130.298274 淡海

福岡県福岡市西区下山門生の松原1-32・1-33
包含地 古墳〜奈良 - 竪穴住居+土坑
弥生末期〜古墳中期        土師器+                陶質土器+韓式系軟質土器                        +磨石+鉄鏃
古式土師器+朝鮮半島系陶質土器+          軟質土器+瓦質土器   +弥生土器+鉄器
古墳後期 須恵器+土師器
奈良+平安 古代の土師器+須恵器+斜ケ浦系瓦+土錘

砂丘に暮らす弥生人 -- 海に暮らした人々 と 農耕で暮らした人々 との 棲み分け と コラボ --
博多湾沿岸には古くから砂丘が形成されていましたが これまでの発掘調査で弥生時代の遺跡が多く明らかになってきました
弥生時代といえば 水田稲作のイメージが強いのですが
周辺の環境が農耕には適していない砂丘の地には漁村的な集落が営まれていたと考えられています
また 弥生時代の博多湾沿岸では大陸との海を通じた対外交流が活発となり 日本列島の中でも先進的な国々が形成されますが
海に暮らした人々はその対外交流においても重要な役割を担っていたようです

 

下山門乙女田遺跡 第2次 33.578556,130.312667 淡海

福岡県福岡市西区下山門3-464・465
20014_1_下山門敷町遺跡・下山門乙女田遺跡.pdf (調査報告) 2002.03.29
中世-井戸+溝+土坑+ピット +土師器+土師質土器+瓦質土器+白磁+李朝陶器+土玉+青銅製環状金具+煙管+下駄+動物遺存体(ウマ)

 

下山門敷町遺跡 第3次 33.575996,130.311781 銅戈    早良map  遺跡map  淡海

福岡県福岡市西区下山門3-431-1
20014_1_下山門敷町遺跡・下山門乙女田遺跡 2002.03.29

弥生前期 貯蔵穴7+土坑 +弥生土器+石庖丁+砥石+石斧+石鏃
弥生中期 竪穴住居2+掘立柱建物2+貯蔵穴3
+甕棺(小児棺)+祭祀土坑
+弥生土器+動物遺存体(カイメン)+中細銅戈3
古墳 竪穴住居1+溝+水田
中世 方形土坑8
福岡市博物館 研究紀要 第10 号
福岡市下山門敷町遺跡出土の鋼文について
 

 

拾六町平田遺跡 33.571465,130.318269 銅戈    早良map

福岡県福岡市西区拾六町 包含地
福岡県福岡市西区拾六町平田86-1 (第1次)
福岡県福岡市西区石丸2-489 (第2次)○
福岡県福岡市西区石丸2-54-5 (第3次)
弥生 包含層 +弥生土器
古墳中期 土坑+ピット +土師器+須恵器
拾六町平田遺跡 第1次調査 1992.03.13
拾六町平田遺跡 第2次調査 1993.03.31
拾六町平田遺跡3 大林遺跡1 2001.03.30
青銅器鋳造遺跡
鋳型転用砥石の小片
55×44×厚さ31mm
上面が鋳型面で焼けこげている
左側面が他側面に比べよく焼けており
湯口の可能性がある
とすれば中広か中細の銅戈の可能性がある
石質はアプライトでB2区出土

 

コノリ遺跡 33.564722,130.306111 gsi wikimapia  楽浪土器出土地     早良map  遺跡map  淡海

コノリ遺跡
コノリ遺跡 第2次調査
コノリ遺跡 第3次調査(2002)
コノリ遺跡 第4次調査
コノリ遺跡 第5次調査
コノリ遺跡 第6次調査
福岡県福岡市西区拾六町団地内 旧早良郡
コノリ3 次 包含層 集落
B区 包含層
楽浪土器 /筒坏の胴部破片(縄席) / 白色泥質 内面当具痕跡
弥生後期後半
元岡・桑原遺跡群 第46次調査

 

野方中原遺跡 33.551033,130.310593 gsi wikimapia     早良map  遺跡map  淡海

福岡県福岡市西区野方中原
野方中原遺跡 site:sitereports.nabunken.go.jp
(1974)福岡市埋蔵文化財調査報告書30 福岡市野方中原遺跡調査概報
集落+墓群 弥生末〜古墳前期 環溝+箱式石棺10+木棺1+甕棺1
古墳初 銅鏡(獣帯鏡1+連弧紋鏡1)
時期不明 銅鋤先1

1号石棺 上方作浮彫獣帯鏡 95φ 破片 銘帯 1963年発掘
+勾玉+管玉+素環頭刀子+鉄刀 上方作 楽浪鏡
3号石棺 蝙蝠座内行花紋鏡 106φ 欠損 銘文なし 1963年発掘
+勾玉+管玉+ガラス小玉 華北鏡
 

 

野方塚原遺跡 野方塚原1号箱式石棺墓 早良map  遺跡map  淡海
33.550011,130.304550 gsi wikimapia

  福岡県福岡市西区大字野方字塚原
(1996)福岡市埋蔵文化財調査報告書490 野方塚原遺跡
集落 弥生末〜古墳 甕棺墓+石棺墓+集石 弥生土器
墳墓 古墳 箱式石棺 獣帯鏡

斜縁浮彫獣帯鏡
半肉彫四獣形鏡
112φ 破片 1975年発掘 福岡市教委蔵
1号箱式石棺
類例:福井風巻神山4号 愛媛今治相の谷1号 奈良黒石山
●珠紋鏡 61φ 銘文なし 完形 出土年不明 壱岐小学校蔵


 
上方作 楽浪鏡
和泉黄金塚 大阪 143φ 上方作竟
石不動古墳 京都 136φ 上方作竟
矢場薬師塚 群馬 109φ 上方作竟
中山36号 長野 130φ 上方作竟
弘法山古墳 長野 117φ 上方作竟
高尾山古墳 静岡 135φ 上方作竟
笹ヶ根第1号墳 名古 126φ 上方乍竟
桑山5 舟木山24 岐阜 113φ 上方作竟
寛弘寺10-1 大阪 126φ 上方乍竟
安威第0 大阪 123φ 上方作竟
塚ノ元古墳 兵庫 109φ 上方作竟
王子中古墳 岡山 128φ 上方作竟
吉原6号 岡山 124φ 上方作竟
中小田1号 広島 130φ 上方乍竟
松本1号墳 島根 130φ 銘文なし
今岡古墳 香川 132φ 上方乍竟
丹田方形墓 徳島 114φ 上方作竟
節句山2号墳 徳島 107φ 上方作竟
熊本山古墳 佐賀 上方作竟
向野田古墳 熊本 112φ 銘文なし
江田船山古墳 熊本 89φ 銘文なし
野方中原1号石棺 福岡 95φ 上方作竟
南井里#116彩筺塚 平壌 120φ 上方作竟
 

野方久保遺跡 第2次調査 33.557061,130.309142 細形銅剣  淡海

福岡県福岡市西区野方1丁目517-3ほか、久保 平野の北西に位置する遺跡
67基みつかった 甕棺墓のうち2基に銅剣が副葬 いずれも中期前葉 (BC1C)の汲田式甕棺で 5号甕棺銅剣には把頭飾
野方久保遺跡2 第1次(1983調査) 弥生後期〜
古墳時代初め
竪穴住居跡70+掘立柱建物跡34
+銅鏃+青銅鋤先+鉄斧+朱の付着した注口鉢
古墳時代後期 方墳 奈良〜平安時代 水田跡
第2次(1986調査) 弥生前期末〜中期の 甕棺墓と古墳時代の柱穴等を確認
 弥生中期前半  汲田式の 甕棺墓+細形銅剣2+把頚飾1+碧玉管玉
弥生中期中頃 須玖式の 甕棺墓+ヒスイ勾玉+鉄鏃
野方久保遺跡1 第3次(1991調査) 古墳時代後期〜中世 土壙+溝+ピット
野方久保遺跡3 第4次(1992調査)
野方久保遺跡 第5次(1999調査)
 

 

飯倉唐木遺跡 33.558791,130.353711 ⊂ 飯倉C遺跡 ⊂ 飯倉遺跡群 1970年代航空写真 1980年代末航空写真 色別標高図 wikimapia
 細形銅剣 金海式 早良map 淡海

 
福岡県福岡市城南区飯倉   飯倉C遺跡
福岡県福岡市早良区飯倉6 飯倉唐木遺跡
17683_1_飯倉唐木遺跡.pdf ( 35.5 MB )
17683_2_飯倉唐木遺跡.pdf ( 0.2 MB )

「飯倉唐木」遺跡では
飯倉丸尾遺跡・飯倉原遺跡などと
呼称に混乱が生じており
改めて飯倉遺跡群C地区第2次調査区を
「飯倉唐木遺跡」として呼称の統一を図りたい

17683_1 (18/168)
1963年に出土した細形銅剣 (飯倉の甕棺と細形銅剣) (崩落した金海式 甕棺墓内)
前期末 (飯倉丸尾遺跡) (飯倉C遺跡第2次調査区)  に加えて
  弥生中期初頭  (藤尾甕棺編年補正)  甕棺墓には 細形銅剣碧玉管玉
 弥生中期後葉  甕棺墓(K1)には 素環頭大刀(422mm)が副葬されていた

 
  


1991年のC地区2次調査でも
伯玄式甕棺(前期末)から銅剣が出土している
その甕棺の下甕は伯玄式の範疇にあり口縁下と肩部に沈線を廻らす
上甕は三角口縁三角突帯の鉢が使用されている
上甕の鉢と同型式はST-07・17・28甕棺でも使用されているが
その下甕はT類からV類に分類されていることから
前期中葉から前期末に所属することになる
ところが 上甕の鉢は吉武遺跡群では金海式甕棺でも使用されることから
中期初頭の古段階から新段階に共伴する型式である

伯玄式甕棺の最終期のものは中期初頭とされるべきだという

弥生時代初期の時期区分と初期青銅器 柳田 (2018)
       纒向学研究センター研究紀要 纒向学研究 第6号


 

飯倉D遺跡 33.557381,130.357773 33.558931,130.358563 広形銅矛  広峰鋳型  早良map 淡海

福岡県福岡市城南区七隈3丁目844〜947 「飯倉D遺跡」 市埋文調査報告書440 (1995)

  17826_1_飯倉D遺跡.pdf ( 40.4MB )
17826_2_飯倉D遺跡.pdf ( 95.5MB )
17826_3_飯倉D遺跡.pdf ( 0.8MB )

 弥生庄内式併行期  - 住居28+溝
弥生〜古墳前期
土坑+竪穴+ピット+溝+竪穴住居+甕棺+掘立柱建物
古墳後期-土坑+溝+竪穴住居
古墳後半?-住居+竪穴+焼土坑+鉄滓
+弥生土器(土師器)(甕+壺+鉢+高杯+器台+支脚)
+須恵器(甕+高杯+器台)
+石器(石庖丁+ 石斧+砥石+石錘+凹石+石鏃+剥片)
+鉄器(斧+鎌+鋤先)+陶磁器+瓦+銭貨+玉類+ガラス小玉 +青銅器鋳型2
#345 C246住居跡
床面
連弧紋日光銘鏡系弥生小形仿製鏡第II型a類鋳型
鋳上り寸法72φ 石英-長石斑岩石材
湯口部を含む4分の1ほどの破片
広形銅矛鋳型の破損後 鏡鋳型に転用 さらに砥石として再利用
#346 54×49×32mm 一面は小型鏡の鏡面の鋳型
裏面には27mmほどの矢印状彫り込み(鏃類か?)
SD23溝状遺構
連弧紋日光銘鏡系弥生小形仿製鏡石製鋳型
須玖永田A 福岡県春日市日の出町 第U型b類
須玖坂本 福岡県春日市岡本 第U型a類
飯倉D 福岡県福岡市城南区 第U型a類
ヒルハタ遺跡 福岡県朝倉郡夜須町 第U'型
柏崎大深田 佐賀県唐津市柏崎大深田 広形銅矛鋳型
三雲井ノ川 福岡県糸島市三雲529 広形銅矛鋳型
三雲川端 福岡県糸島市三雲川端 広形銅矛鋳型
飯倉D 福岡県福岡市城南区 広形銅矛鋳型
板付群 福岡県福岡市博多区板付 広形銅矛鋳型
五十川妙楽寺 福岡県福岡市南区 広形銅矛鋳型
井尻熊野権現 福岡県福岡市南区 広形銅矛鋳型
赤井手 福岡県春日市小倉 広形銅矛鋳型
熊野神社所蔵 福岡県春日市岡本 広形銅矛鋳型
津古東台遺跡 福岡県小郡市津古 広形銅矛鋳型
C福岡市城南区飯倉D鋳型
幅広の平縁+幅広の目の粗い櫛歯紋帯+6弧に復原できる内行花紋帯+鈕からなる
内行花紋の連接部に見える小さな珠紋と 幅広く印象深く配される櫛歯紋である
こうした鏡背紋様は 全体のイメージで
たとえば佐賀県佐賀郡大和町惣座遺跡の弥生後期後半〜末の包含層から出土した惣座Y鏡
珠紋配置では腸腺とした内区に4弧と思われる内行花紋の連接部に珠紋を置く長崎県壱岐郡勝本町若島鏡にあるが
しかし適切な類例を欠いている
すなわち本鋳型のもっ条件を満たす製品はこれまで出土していないのである
この既知の彷製鏡に見られない特徴はむしろ古墳時代の彷製内行花紋鏡を思わせるものがある
ヒルハタ遺跡および飯倉D遺跡から出土した鋳型で製作されたであろう銅鏡は
類例の稀少な鏡背紋様の例である

 

カルメル修道院内遺跡 33.553403,130.372398 金海式2  円環銅釧  淡海

福岡県福岡市城南区片江
福岡県福岡市城南区神松寺3丁目1617-2
カルメル修道院内遺跡 金海式 甕棺墓2
第1次調査(1974.01)
ミカン植樹による不時発見
第2次調査(1976.07)
修道院改築に伴う確認と調査
弥生前期末〜中期初頭
  弥生中期初頭  (藤尾甕棺編年補正) 
成人棺 甕棺墓1+小児棺 甕棺墓1が露出
甕棺墓3(うち小児用2)
木棺墓6(うち小児用3 1基は木蓋土壙墓の可能性有 1基は未掘) +弥生土器6
+円環銅釧(錫釧)3 (金海式 甕棺墓に切られる小児用木棺墓から)
19.172, 0.8239, 2.1401, 15.796
19.544, 0.8105, 2.1650, 15.840
19.752, 0.8039, 2.1770, 15.879        →pb_ana_南小路(_blanc)
第3次調査(1990.09)
共同住宅建設計画に伴う緊急調査
前期後半〜後期初頭の 甕棺墓6+土壙土壙墓9
ST05 甕棺墓(老年女性人骨)+ST07 甕棺墓(熟年男性の頭蓋骨)
第4次調査(1994.07)
共同住宅建設計画に伴う緊急調査
中期前半の成人棺と後半の小児棺各1基の 甕棺墓
中期前半以前とする土壙墓20基・貯蔵穴1基
古墳時代後期の竪穴住居址2軒他
第5次調査(1995.05) 調査した墓群はこれの東側の延長上に位置


 

浄泉寺遺跡 33.553528,130.372806  金海式2

福岡県福岡市城南区片江字神松寺1752-1外
1981調査
集落 - 袋状貯蔵穴31+その他の墓3+竪穴住居20+掘立柱建物8+土坑6+溝


 

丸尾台遺跡 33.543630,130.383983 1970年代航空写真 1980年代末航空写真 色別標高図 wikimapia   早良map 淡海

  福岡県福岡市城南区樋井川5丁目 堤2丁目
福岡県福岡市城南区堤字原の前
桧原遺跡.pdf(1997)
墳墓 甕棺墓 弥生中期末 (弥生IV期) 1963年出土
丸尾台丘陵頂部の特定集団墓
人為的な盛り土が確認できることから墳丘墓
造成工事中壁面から崩落した甕棺から
連弧紋銘帯鏡 日光銘鏡 50φ 欠損 「光天下大明」
連弧紋銘帯鏡 日光銘鏡 50φ 欠損 「日光下大」
連弧紋銘帯鏡 日光銘鏡 50φ 欠損 「日大」
+小刀1+朱塊
10m離れた別の甕棺から +弥生素環頭大刀(445mm)
 


 

クエゾノ遺跡 33.540472,130.352417   淡海  三角鏃 

福岡県福岡市早良区野芥クエゾノ 梅林7丁目149-9ほか
1973〜1974年ごろ中学生による採集
宅地造成のため表土層が削られたところに土質の異なる断面方形床面ほぼ平坦の落ち込みが認められ
床面付近が鮮やかな赤色を呈していたと 銅鏃は断面三角形のもの4 + 断面菱形のもの3
 

漢式三角鏃(三稜鏃)

断面正三角形
茎部鉄製の青銅鏃 2
現存長 32mm x 幅10mm x 高9mm
青銅部 30.5mm + 1.5mm
基部の鉄軸が程突出 (6φ)
重量7.92g
箆被部にはわずかに赤色顔料の痕跡

漢式三角鏃(三稜鏃)

断面正三角形
茎部一体の青銅鏃 2
現存長43mm x 幅10.5mm x 高9mm
鏃身長33mm
稜部を削り落として箆被部を形成
箆被長5mm x 幅8mm x 高8mm
略六角形断面
下端中央に茎部が突き出し
不整な台形を呈す
茎部長3mm 基部幅5mm〜3mm
重量12.42g



 

西新町遺跡 33.583557,130.355011 33.583832,130.356003  早良map 淡海

福岡県福岡市早良区西新5丁目15-43・53・54・564・634-4・644-1・2・6丁目1-10ほか
甕棺
弥生 土坑
+弥生土器+突帯紋土器+石鏃
弥生中期 甕棺墓5+住居+土坑
竪穴住居1+土器溜2
竪穴住居6+土坑8+土器溜2
+弥生土器
弥生中期〜末 溝1+住居+土坑
溝1+住居+土坑
弥生中期後半〜末 竪穴住居1+土坑10+溝3+土器溜2
弥生中期後半 甕棺墓5(中型棺2+小児棺3)+住居2+土壙5
弥生中期末 銅剣(切先1)+武器鋳型片1
弥生中期末〜後期初 溝1
弥生末 竪穴住居3+土坑18
弥生末〜古墳 竪穴住居7+土坑10+溝3
竪穴住居15+木棺墓1+土坑33+溝1
古墳初 土坑2
古墳 竪穴住居
土坑+溝+落ち込み
+土師器+鉄器+石器
+土師器+朝鮮系陶器+石錘+軽石+凹石+砥石+ガラス小玉鋳型
+土錘+刀子+ 鉄鏃 +小型鍛造鉄刃+ヤリガンナ(茎)+鉄鎌
古代 溝2+土坑1
溝2
溝1

弥生土器+石器+土師器+鉄器+平瓦+鉄塊系遺物+円盤形土製品+ガラス製品+滑石製品
+弥生土器+碧玉管玉+鋳造鉄斧 +弥生土器+土師器


-古式土師器+高取+窯道具+板状鉄斧+ 鉄鏃 +釣針+鉄片+鉄滓+鞴羽口
+長脚鏃+刀子+錫環+滑石臼玉+ヒスイ勾玉+貝殻(アサリ+カキ)+土師器+鉄器+石器

弥生中期- 甕棺墓5+住居+土坑
弥生中期後半〜末-竪穴住居1+土坑10+溝3+土器溜2
弥生中期末〜後期初-溝1/弥生末-竪穴住居3+土坑18
弥生中期後半- 甕棺墓5(中型棺2+小児棺3)+住居2+土壙5
弥生中期-竪穴住居1+土器溜2
弥生末〜古墳-竪穴住居7+土坑10+溝3
弥生中期-竪穴住居6+土坑8+土器溜2
弥生末〜古墳-竪穴住居15+木棺墓1+土坑33+溝1
弥生-土坑
古墳-土坑+溝+落ち込み
弥生-弥生土器+突帯紋土器+土師器+石鏃+漁撈具+石錘+管玉+鉄斧+石器+鉄器+平瓦+鉄塊系遺物
+円盤形土製品+ガラス製品+滑石製品+碧玉管玉+鋳造鉄斧+滑石紡錘車+鉄塊など
弥生中期末-銅剣(切先1)+武器鋳型片1
時代不詳-古式土師器+板状鉄斧+ 鉄鏃 +釣針+鉄片+鉄滓+鞴羽口+長脚鏃+刀子+錫環+ 
滑石臼玉+ヒスイ勾玉+貝殻(アサリ+カキ)+土師器+鉄器+石器



 

藤崎遺跡群第1地点 33.581003,130.348136 金海式

1912年の1次調査で 金海式甕棺7 が出土

 

飯盛遺跡(1次調査)  銅戈    早良map 

福岡県福岡市
甕棺墓 弥生前期末-銅剣(切先18)/時期不明-銅戈鋳型
埋文研究会20-1986

1987年 「金海式 甕棺墓の土壙から銅鏡 銅剣等を出土した飯盛遺跡群」
1986年 「青銅利器を多量に出土した吉武・高木遺跡・大石遺跡を含めた飯盛遺跡群」

1981年から始まる飯盛遺跡吉武地区発掘の報告書群が1986年から「飯盛・吉武圃場整備事業関係調査報告書」として出てくる
その頃までこのあたりの遺跡はまとめて「飯盛遺跡」と称されていた
M3標石木棺墓の発掘調査は 1983年

 

東入部遺跡2次8区 33.5214,130.3353 gsi  細形銅剣  武器形 金海式 鉄矛  円環銅釧 早良 淡海 㚢界 


  福岡県福岡市早良区東入部
東入部遺跡 site:sitereports.nabunken.go.jp
入部]W(2012) 2次8区

弥生 掘立柱建物13+竪穴住居45+土坑123+溝5
+弥生土器+石鏃+石庖丁+石鎌+太型蛤刃石斧+柱状石斧
+砥石+磨製石剣+打製石斧+土製投弾+土製円盤
墓域は1,800u程で 弥生前期末〜後期初頭に及ぶ
(土壙木棺墓51+ 甕棺墓149)合計200と 区画溝・土坑
甕棺墓6 (#84,127,104,106,113,114)
木棺墓2 (#679,#957)
細形銅剣1 (300mm) →高木,大石 #957 木棺墓  -  弥生中期初頭 
細形銅剣1 (316mm) #84   甕棺墓 Tc  弥生中期初頭 
円環銅釧10 (外65φ内55φ) #127  甕棺墓  Ub  弥生中期前半 
磨製石剣片4 #679 木棺墓  -  弥生中期後半 
鉄剣1 (350mm) +鉄飾1 #113  甕棺墓  Va  弥生中期後半 
素環頭鉄刀子(260mm) #104  甕棺墓  Vc  弥生後期前葉 
 鉄矛 1 (430mm) #106  甕棺墓  Vc  弥生後期前葉
鉄刀1 (260mm) #114  甕棺墓  Wa  弥生後期中葉 

古墳 古墳5+土坑+溝+土師器+須恵器+刀子+鉄剣+鉄鉗+ 鉄鏃 
+勾玉+耳環+ガラス小玉+引手+雲珠
古代 掘立柱建物4+竪穴住居3+土坑+溝+土器(土師+須恵+黒色)
中世 掘立柱建物2+土坑+白磁+陶器+朝鮮半島産無釉陶器+石鍋 
 

 入部]W(2012) 2次8区(pdf p216)

 時期別甕棺分布図 8区

 

岸田遺跡群 第1次5区 33.510833, 130.331111  細形銅矛 細形銅剣 鉄戈  図  武器形 金海式 㚢界 早良map

福岡県福岡市早良区東入部岸田 2009-2010調査
岡県福岡市早良区早良4丁目
東入部遺跡よりさらに約1km上流
海から遠く 早良平野の最も狭まる 奥まった場所に位置する遺跡
現在の早良区長峰(ながみね) 周辺
砂礫台地上の4区に 86基の墓 ( 甕棺墓78+土坑墓・木棺墓8)
+細形銅剣5+細形銅矛3+鉄戈1+青銅製把頭飾1+ヒスイ勾玉+碧玉管玉
早良平野では吉武遺跡群に次ぐ青銅器の集中
把頭飾や銅剣には  朝鮮半島とは異なる鋳造技術や形態のものも含まれ
列島に流入した早い段階から
列島での青銅器生産が本格的なものであったことを物語る
東の福岡平野南部(安徳台)や南の佐賀平野(二塚山)に移動する交通の要衝にあたり
青銅器生産が盛んであった両地域への
初期の青銅器流出を想定する上でも重要な発見
 
 弥生中期初め から 中期前葉 (BC1C前半) 金海式 甕棺墓5+木棺墓1 +(細形銅矛3+細形銅剣5+把頭飾1)青銅器9+ヒスイ勾玉+碧玉管玉
 弥生中期末 から 弥生後期前葉 
(AD1C末-AD2C)
4区北群 K0443 甕棺墓
Vb 立岩(新)
+ 鍛造鉄戈  338mm (福岡市で唯一の発見) +水銀朱



鍛造鉄戈 338mm
4区北群 K0443 甕棺墓
 弥生中期後葉  (AD1C)
指定
 
岸田遺跡1 第1次 1区 集落 - 弥生, 古墳, 古代(細分不明), 中世(細分不明)
+竪穴建物 +掘立柱建物 +土坑 +柱穴
+弥生土器+土師器+須恵器+陶磁器+土製品+石器+石製品
岸田遺跡2 第1次 2区
3区
4区
5区
集落+掘立柱建物+竪穴建物+溝+土坑 +弥生土器+土師器+須恵器+陶磁器
集落+墓 (弥生) +土壙墓+木棺墓+ 甕棺墓 +弥生土器+青銅器+鉄器
弥生前期末から中期末の埋葬遺構から青銅器・鉄器等の副葬品が出土

 

有田遺跡群 33.564056,130.336594 view(33.564481,130.336414)
細形銅矛  銅戈  金海式   早良map 淡海

福岡県福岡市早良区小田部2丁目139・3丁目179-1・189-1・5丁目61・150-3・160ほか 有田1丁目6-1・30-1〜3・2丁目7-80・20-2
+細形銅矛1+細形銅戈1+武器鋳型片+石斧+石庖丁+木製井桁材+窓あき土器+壺
+弥生土器+石核+土師器+須恵器+土師質土器+鉄斧
第176次 有田 1丁目6-1 集落 竪穴住居2+掘立柱建物1+土坑1 +須恵器+土師器+滑石製石鍋など
第77次 1983 1丁目30-1,2,3 +縄紋土器+弥生土器+土師器+須恵器+石製品+土錘+鉄滓+鉄釘
+瓦器+内黒土器+中国産青白磁+土製品+瓦質土器+国産陶器+瓦+石斧
第74次 1982 2丁目7-80 +弥生土器+土師器+須恵器+鉄滓+石製品+砥石+中国産白磁+陶器+土製品+瓦
+石製品+石臼+板碑+瓦質土器+土師質土器+陶質土器+石鏃+宝篋印塔など
第78次 1983 2丁目20-2 集落- 竪穴住居4+貯蔵穴8+土坑4+掘立柱建物2+溝3+柵1+土壙墓3+濠1
+突帯文土器+弥生土器+土師器+須恵器+布目瓦+近世雑器+磁器+輸入陶磁器
+石庖丁+磨製石斧+敲石+砥石+(陶質土器)
第48次 1981 2丁目140 集落-弥生 古墳 古代(細分不明)
+竪穴住居9+土坑1+その他の墓2+竪穴住居1+掘立柱建物3 +弥生土器紡錘車
+土師器+須恵器 2基の 甕棺墓が確認されている(第205次地点)(弥生前期)
第1次2次 1949 3丁目9 33.558710,130.333890 (p45 有田甕棺遺跡の甕棺と銅戈) 金海式甕棺1+細形銅戈 講倫館高校地内 台地先端
第4次 1977 小田部 2丁目139 旧石器-台形様石器
歴史-土師器+須恵器+黒色土器+瓦質土器+無釉陶器+白磁+青磁
+滑石製石鍋+瓦+鉄滓+鉄器
第59次 1981 3丁目177 集落 弥生-中世(細分不明) 竪穴住居4+ 甕棺墓1(弥生時代前期)+土坑16+溝4
+炭化米+弥生土器+青磁+四耳壷+瓦質土器+石臼
第170次 1993 3丁目179-1 集落- 貯蔵穴3+竪穴住居2+掘立柱建物2+区画溝2+火葬墓2+土坑1
+縄紋土器+弥生土器+打製+磨製石斧+ナイフ形石器
+鉄器+鉄滓+土師器+瓦質土器+陶器+瓦器+染付+白磁+青磁+銭貨+五輪塔
第173次 1993 3丁目189-1 集落-奈良 井戸1 +縄紋土器+打製石斧+須恵器+土師器+瓦器
第36次 1980 5丁目143 33.570122,130.330043 集落-弥生 中世(細分不明) + 甕棺墓2(弥生中期後半〜未)
+土坑4+溝1+柵列2 +弥生土器+輸入陶磁器+板碑類
東西約70m
南北約40m
と推定される
範囲
台地先端
第46次 1981 5丁目143-1 33.570151,130.329956 集落 土坑1+井戸1+掘立柱建物3 +青磁碗+備前系すり鉢
+鼎+滑石製品 甕棺墓は西側の調査でも確認
第86次 1983 5丁目143-3 33.570153,130.330222 金海式甕棺4( 弥生中期初頭 )
第177次 1994 5丁目150-3 33.569551,130.329742 集落-弥生 古墳 奈良 戦国 +貯蔵穴2+土坑2+柵1+溝4+ 甕棺墓3 +弥生土器+土製品
+石器+土師器+須恵器+土師質土器+瓦質土器+輸入陶磁器+石製品
単圏銘帯鏡異体字銘帯鏡日光銘鏡 75φ ST001 甕棺墓 (弥生中期末)
蕨手状紋渦紋鏡 変形渦紋鏡 (3対蕨手) 51φ ST002 甕棺墓 (弥生後期初頭)
第64次 1982 5丁目151
〜153
集落 竪穴住居23+土坑10+袋状貯蔵穴1+土抗6+掘立柱建物6+溝3
甕棺墓33( 弥生中期初頭 〜後期前半) +土壙墓3
有田遺跡群 site:sitereports.nabunken.go.jp

 

第1次2次調査 33.558710,130.333890 gsi wikimapia  銅戈  金海式 

16692_1_有田遺跡.pdf page=45 -有田甕棺遺跡の甕棺と銅戈-
講倫館高校地内 西福岡高等学校敷地内 1949年 甕棺墓9基の発掘調査 金海式 甕棺墓2
2号金海式 甕棺墓+細形銅戈 IIa2 斜格子目紋帯 233mm  弥生中期初頭 
扁平な造りで内が小さい IIa3に分類設定されている宇木汲田出土銅戈と近縁
 
 
177次(1994)
遺跡西部
単圏銘帯鏡異体字銘帯鏡日光銘鏡 75φ 渦紋間「内日月心忽而不泄」 ST001 甕棺墓
蕨手状紋渦紋鏡 変形渦紋鏡 (3対蕨手) 51φ 韓国で13例 国内で10例 ST002 甕棺墓
甕棺は上棺が下棺を呑む呑口式甕棺    
早良区小田部5丁目150-3番地 33.569551,130.329742 有田・小田部28 (1997).pdf
 
蕨手状紋渦紋鏡

[弥生仿製鏡]の初期型のくくり
[弥生仿製鏡]は[漢式鏡]と同時代で
[漢式鏡]を補完する現地産鏡
o ここに古代王朝ありき 邪馬一国の考古学(1979)
o 弥生時代小形仿製鏡の生産体制論.pdf (田尻)
 
甕棺編年U期(金海式〜汲田式)の板付や有田遺跡では
T期同様に 甕棺墓以外の墓制を多く採用していた可能性も考えられる
U期の板付遺跡周辺では 那珂沼口遺跡で伯玄社式が2基確認されているだけで
U期においては早良も含めて墓地に関しては貧弱な内容となっている
これは調査が進めば例がふえるのか 埋葬形式の差なのか断定できないが後者の可能性が高いと考えている

 

西入部白塔 しろとう 33.513562,130.328339 銅戈    早良map

  福岡県福岡市早良区西入部4丁目
銅戈出土地
中広形銅戈1
全長現存長282mm 復原長400mm程度
関部現存長113mm 復原長135mm
復原身幅52〜65mm
外側が不鮮明なるも両方ともに綾杉文
茎に眉眼鼻を備えた人面が浮彫りされている

位置:長峰遺跡の700m北

-白塔発見の人面鋳出銅戈-
1963年6月29日の夜から翌30日にかけて
福岡地方を襲った大豪雨は
早良地方にも大きな傷痕をのこした
早良町西入部白塔838番地付近は
早良平野の最も幅の狭くなった部分を東に望む
低丘陵に位置するが おりからの豪雨により
宅地南側を流れる小渓流はあふれ
隣接する小径も洗われて土砂が流された
7月4日 土石流の収まった小径から発見された
 

 

羽根戸南古墳群 33.540932,130.305420  遺跡map  淡海

福岡市西区羽根戸瀧ノ下地内 位至三公鏡(破鏡)
前方後円墳+円墳+方墳 +箱式石棺+石蓋土壙墓+木棺墓+竪穴住居
金耳環12+コハク玉1+メノウ管玉1+ガラス玉26+滑石臼玉2
+鉄製品(刀+刀子+鉄剣+鉄鏃+馬具+三角板鋲留短甲片)+鉄滓
+須恵器+土師器+矛