志摩郡


 

元岡・桑原遺跡 * 楽浪土器出土地    志摩郡   怡土志摩  㚢界 



上町向原遺跡 前原上町遺跡 33.560577,130.203613   gsi wkimapia 志摩郡  怡土志摩     㚢界 


 

潤地頭給遺跡 33.567402,130.216949 gsi 楽浪土器出土地  円環銅釧    志摩郡  怡土志摩   㚢界 

文化財ニュース
潤地頭給遺跡
準構造船の出土
  元岡・桑原遺跡群6(2006).pdf (p39)
最近の調査では二つの入海の中間にあたる部分において
志登支石墓群に近接して潤地頭給遺跡(前原市)が発見された(註)
遺跡は旧河道に挟まれた微高地上に立地している
弥生時代前期末から古墳時代にわたる集落
弥生時代前期末から後期前半の甕棺墓木棺墓からなる墓地が検出された
墓地では 推定弥生時代終末の「位至三公」銘内行花文鏡を出土した木棺墓
円環銅釧 や磨製石剣の切先を出土した中期前半(汲田式)の甕棺墓などが注目される
集落では 弥生時代中期(〜後期)の大量の土器を出土し集落の南限となる大溝や
弥生時代終末〜古墳前期の水晶や碧玉製の玉未製品や玉作工具を多量に出土する工房址群が注目される
特に水晶の玉作は北部九州での消費(出土)が少なく その流通先は韓半島の可能性もあり興味がもたれる
韓半島系軟質土器とみられる土器も出土しているし
古墳時代初頭の井戸に井戸側に転用された準構造船の部材木製品があり 海を介した交易活動が示唆される
(註)  江野道和・江崎靖隆編 2005 『潤地頭給遺跡』 前原市文化財調査報告書第90集 (89?)
江崎靖隆 2005 「潤地頭給遺跡調査報告」 『日・韓交流の考古学』嶺南考古学会・九州考古学会第6 回合同考古學大会
 
集落 弥生前期末-古墳
甕棺墓+木棺墓 弥生前期末-後期前半
  汲田式の甕棺墓+円環銅釧+磨製石剣切先  弥生中期前半 
  木棺墓 +●位至三公銘蝙蝠座内行花紋鏡  弥生庄内式併行期 
集落南限の大溝+大量の土器を出土 弥生中期-後期
  工房址群+玉未製品(水晶+碧玉)+玉作工具
(水晶玉は半島向け製品か)
 弥生庄内式併行期 
半島系軟質土器
転用された準構造船の部材木製品
舷側板+カワラ材(船底の構造材)
古墳初頭の井戸
  楠材の船底構造材を
木棺に再利用した例として
昌寧松峴洞墳墓群7号墳
の船底形木棺(5C-6C)
 

   

浦志遺跡   先漢式小銅鐸   楽浪土器出土地     志摩郡   怡土志摩  㚢界

A地点 33.565039,130.207306

福岡県糸島市浦志 (#47)
前原町文化財調査報告書15:浦志遺跡A地点
1983年調査
集落 - 弥生 +溝+土坑 +弥生土器+小銅鐸
小銅鐸 65mm A-a  弥生後期 〜古墳前期 有舌


浦志井尻

福岡県糸島市浦志482-1 <発掘概要>アパート建設 1999年
弥生後期〜古墳前期 - 竪穴住居10+掘立柱建物10
+甕棺(壺棺)+ガラス小玉+漁撈具+朝鮮半島製瓦質土器( 楽浪土器  )
 

 

志登支石墓 33.569238,130.217861 gsi    ( 33.571953,130.221588 gsi ) 志摩郡   怡土志摩   㚢界 


 

今宿五郎江遺跡 楽浪土器出土地  先漢式小銅鐸  銅戈 早良 淡海 志摩郡 怡土志摩 㚢界
33.575813,130.272949 gsi 

福岡県福岡市西区今宿町137
弥生時代から中世の集落
今宿五郎江遺跡U
市埋文調査報告書238(1991)

 ○ 今宿五郎江10次
 ○ 今宿五郎江11次
大規模環濠集落(弥生後期)
集落は漁労を含む生活基盤
+銅戈鋳型
+楽浪土器 +陶質土器
+三韓系瓦質土器
+瀬戸内・関西・東海の土器
 弥生中期末  弥生後期初 
   土坑+ピット+杭列
弥生土器(甕+壺+器台)
+ミニチュア土器+手捏土器
+金属製品(鉄斧+銅鏃)
+木器+土製品+玉類
+石器+石錘+石製紡錘車
 弥生後期前半 
   小銅鐸1135mm
+弥生土器+木器+案(机)

 

今宿大塚遺跡   楽浪土器出土地   志摩郡  怡土志摩  

大塚遺跡第14次 (鍛冶関連遺跡)
福岡県福岡市西区今宿町前田
福岡県福岡市西区今宿町
弥生〜中世の集落 弥生-柱穴・河川+弥生土器

大塚古墳(33.573236, 130.270548) 西側に隣接して第14次調査
弥生終末期〜古墳中期にかけての集落跡
弥生鍛冶工房 (弥生終末期) +鍛冶関連遺物
+かまど (竪穴住居):かまどをもつ住居としては国内最古の段階
+大量の小鉄片+鍛冶具と見られる石器
鉄素材の鍛造工程で生じたと見られる鉄片は小三角形や棒状
鉄鏃や鉄鎌の製作工程で発生した残滓でしょうか
鉄鏃や鉄鎌の製作は四角形の鉄板の四隅をタガネで切断

大塚遺跡第11次調査 (大型環濠集落) 2007年調査

福岡県福岡市西区今宿  弥生中期後半 から古墳時代
今宿五郎江12次調査地点の南側 9次調査地点の西側
大塚古墳(33.573236, 130.270548) の東側
+貨泉+雲雷紋帯内行花紋鏡(赤色顔料付着の破片研磨鏡)
+ 楽浪土器 +鋳造鉄斧
+国産の銅鏡+小銅鐸+ガラス玉+青銅製鋤先+銅鏃+銅板+銅鈴
+木器+漆製品
+大量の土器+山陰・瀬戸内・近畿・東海各地の土器

長期間に亘って営まれた砂丘上の海の民の集落遺跡
北側の糸島水道北岸には元岡・桑原遺跡が展開する
 
大塚遺跡01

今宿大塚遺跡
大塚遺跡・女原遺跡          (1990) pdf
大塚遺跡                   7次 (1991) pdf
大塚遺跡3   8・10・12・13次 (2009) pdf
大塚遺跡4           14・15次 (2009)
大塚遺跡5           16・17次 (2012) pdf
大塚遺跡6             9・11次 (2013) pdf
大塚遺跡7 19・20・21・22次 (2014) pdf
大塚遺跡8                18次 (2015)


 

一の町遺跡 33.589947,130.174685 gsi   楽浪土器出土地    志摩郡  怡土志摩   㚢界 

福岡県糸島郡志摩町大字稲留ほか (33.584722,130.167222)
福岡県糸島市志摩稲留
集落 -弥生
掘立柱建物群+弥生土器+土師器+朝鮮系遺物+青銅器+鉄器+石器

 

ウスイ遺跡 33.588133,130.172839 gsi   楽浪土器出土地    志摩郡  怡土志摩   㚢界 

福岡県糸島市志摩町小金丸四辻・ウスイ・五反田

 

新町遺跡 33.570154,130.133612 gsi 支石墓  金海式3   志摩郡  怡土志摩   㚢界 

福岡県糸島郡志摩町大字新町14・15
新町支石墓群
新町遺跡.pdf
縄紋〜古墳
+縄紋土器+韓式土器+貨泉+半両銭
+中期初頭 金海式甕棺墓3

      

 

御床松原遺跡 33.565970,130.139747 gsi  鉄戈  図   楽浪土器出土地  志摩郡 怡土志摩 㚢界 

糸島郡志摩町御床松原・可也原・新町打原
引津湾を望む標高5-6mの低砂丘上
墳墓 - 弥生〜古代

 
 弥生中期初頭  - (2次調査MM2第W層) → (BC1C前半)
出土土器には板付系の壺は一点もなく湾曲口縁壺に限定されている
中期初頭の湾曲口縁壺土器を主体として須玖T式古段階を含む
湾曲口縁壺土器には三角形粘土帯土器を含む
御床松原第W層から小型青銅器が出土し従来前期の出土と誤判断されてきた
小型青銅器は鑿状工具で青銅武器の翼部を再加工したものと考えられる
 弥生後期前半  - 銭貨(貨泉+半両銭) + 鉄戈  +鉄器 +漁撈具 +青銅器鋳型
100棟を超える竪穴住居跡群
+釣針 +アワビオコシ +刀子 +鎌 +石錘 +土錘などが主体
集落は漁労を生活基盤
+楽浪土器+陶質土器・三韓系土器 多数 +瀬戸内系土器
+弥生土器(含 庄内式) : 庄内式甕1 (糸島市立歴史博物館)

  
42 篠原新建 金海式1 糸島市 33.553056,130.207670 前原町篠原 副葬品を欠く集団墓130 甕棺墓65 (小児棺35%) 金海式甕棺墓1
58 飯氏馬場1次 金海式3 糸島市 33.568971,130.248845 飯氏 弥生前期末〜中期初頭 円形竪穴住居1 弥生前期後半〜後期 甕棺墓9+木棺墓4+石棺墓
33号石棺墓 小型仿製内行花文鏡が出土
飯氏遺跡群(4件) | 飯氏遺跡群2 |


 

深江井牟田遺跡 (怡土郡) 33.515000,130.142222  楽浪土器出土地     怡土志摩  

福岡県糸島郡二丈町大字深江字井牟田


 

石崎曲り田遺跡 (怡土郡) 33.518814,130.161469 gsi    楽浪土器出土地    支石墓     怡土志摩   

福岡県糸島市二丈石崎 石崎曲り田遺跡+青銅器鋳型

出土した板状鉄斧
曲り田遺跡で見つかった鍛造の板状鉄斧は列島最古の鉄器とされてきた
弥生時代最古の土器である夜臼I式段階に属する第16号住居の床面近くからの出土と報告され(BC4C頃)
弥生早・前期の鉄器といわれてきたが
出土状況を示す図面や写真が公開されていないことから弥生早期に比定する証拠が弱いことが明らかにされている
「鍛造の板状鉄斧」とされてきたものは本来は「可鍛鋳鉄の鋳造鉄製品」と呼ばれるのがより正確な表現である (藤尾)
板状鉄斧の出現は嶺南では瓦質土器と同期しBC1Cのことだと考えられる
これらはいずれも漢系の技術で楽浪経由で極東に齎されたものである


 

井田原開古墳 33.590363,130.183062 gsi wikimapia 志摩郡  怡土志摩  㚢界 


  福岡県糸島市志摩町井田原開 現地説明会資料
丘陵上 標高35m 丘陵裾からの比高約20m <現況>耕作地
墳長約90m 前方後円墳 造出周濠なし 地山整形
後円径53m 前方幅25m 長43m くびれ幅20m
墳丘はミカン畑造成などで相当削平され 変形している
後円部裾 箱式石棺墓
後円部 竪穴式石槨か 乱掘あり
雲雷紋帯内行花紋鏡 133φ 銘文なし 1967年出土
埴輪(円筒+朝顔形(II式〜III式)+盾形など)

 

久米遺跡 33.603275,130.164368 細形銅剣  銅戈   志摩郡  怡土志摩   㚢界 

  福岡県糸島郡志摩町大字野北字久米3177-1
弥生-甕棺24+細形銅剣1+細形銅戈1+管玉6+銅鏡片1

細形銅剣・銅戈が出土した甕棺墓
久米集落近くの丘陵上にある
 弥生中期初頭 から 弥生中期中頃 甕棺墓 (p40)

細形銅戈 1 IIa2 IIIAb 中期初頭古式 無紋

 

桑原金屎1号墳 33.601398,130.228195 gsi wikimapia  志摩郡  怡土志摩  

福岡市西区大字桑原字金屎
元岡・桑原遺跡群6.pdf
古墳-古墳 前方後円墳
粘土槨+割竹形木棺
●芝草紋鏡 116φ
●菱雲紋鏡 132φ